32. アデルの同僚、マルティスという天才 〜新たな魔術〜
アデルはの昏睡状態中、昔の夢を見ていた。
比較的最近の記憶。
その男は背が低く痩せっぽちだった。落ち着きなく歩き、裏返った甲高い声で早口に喋り、何にも好奇心を持つ目はキョロキョロと動き回っていた。
初めて魔術管理本部に来た時から、その男は異彩を放っていた。
新しい魔術を生み出すことに強い執着を見せ、ああでもないこうでもないと、ぶつぶつ独り言を言っては、見た事もない魔術を次々と作った。
魔術管理本部。当時、ここでは、この国の魔術の教育と研究が行われる部署だった。
全ての魔術習得者を希望するものは、初めは必ずこの機関に所属することが義務付けられていた。
この国には魔力を持つ生き物が多数生息しているので、人々にとっても魔力に触れること自体は一般的だが、その中でも幼い頃から、自ら強い魔力を持っていたり魔力を操作する力に長けた者は魔術師を志すことが多い。
魔術師を志す者は、魔術管理本部の学校に進学し、そこで魔力のコントロールや魔術の仕組みなどを学ぶ。そして一人前の魔術師として認められて、王宮の様々な部署に配属されるものだった。
ただ、魔術管理本部には、を魔術開発を目的とし、魔術の本質を探る学術的な部署の一端として、魔術開発部門も置かれていた。
その男はマルティスといい、この部門のエースらしからぬエースだった。
その日、アデルはダミアンやクレッカーなど、他のチームメンバーとともに、マルティスに呼ばれた。
何でも、また新しい魔術を作ったから見てくれ、と言うのだった。
マルティスが新しい魔術を作ることは日常茶飯事だったので、全員興味はあれど、まあいつも通りのことだろうと思っていた。
「で、わざわざ呼び出して、今日は何を見せようとするのだ」
アデルは聞いた。新しい魔術など興味があることになるときちんと話を聞ける。
「えー、ではー」
相変わらず裏返った甲高い声でマルティスは話し出した。
「新しい魔術をお披露目しまーす!」
マルティスはネズミが10匹ほど入ったケージを持ってきた。
「すごいですよー、本当に新しい魔術ですからねー」
マルティスはニヤニヤしている。
「ネズミに何をするのだ」
アデルは、マルティスのもったいぶった言い方にイライラして、説明を促すように聞いた。
「もー、せっかちですねー。答えは見てのお楽しみです」
マルティスは相変わらずニヤニヤしていた。
が、ふと机の上にアデルの読みかけの本が置いてあるのを見て、急にマルティスは興味を引かれ、
「あれ、あっ!」
と手に取った。
集められた者は、皆「またか」と思った。
マルティスは興味を惹くものを見つければ、会話の途中でもどんな状況でも必ず手に取った。もはや集められたメンバーのことなど眼中にない。
皆は苦虫を噛み潰した顔でマルティスを待った。話しかけても無駄だからだ。
マルティスはページをパラパラとめくっては「へー」とか「ふーん」とか悪びれず声に出した。そしてさらっと一読して本を投げ出した。
やっと本題か。皆は待ちくたびれた顔をして
「で、新しい術というのを早く見せろ」
と口々に言った。
「はい、では、いきます! すごく新しいんですよ、よく見てくださいねー」
マルティスは10匹のネズミ全てに術をかけた。
それはすごく繊細な術に見えた。細かい魔力が細い糸のようにネズミたちの体に入っていったような感覚だった。
と同時に、アデルたちは得体の知れない寒気を感じた気がした。
全員の顔から表情が消えた。これは、何かとんでもない術かもしれない。
集められた魔術師たちは、どんな変化も見逃すまいと食い入るようにネズミを見つめた。
しばらく沈黙が流れた。
しかし、ネズミたちは餌場に水場にチロチロと動き回り、鼻をヒクヒクさせたり頭を掻いたりした。
「何も起こらない……?」
アデルは呟いた。
マルティスはニヤッと笑った。
「これからですよ! 時間かかるんです!」
「時間? どれくらいだ」
アデルは聞いた。
「数時間でしょうか〜」
マルティスが悪びれずに言った。
アデルは呆れた。
「数時間って何の魔術だ。というか、私たちを数時間待たせるつもりか?」
マルティスはクックっと笑った。
「術かけたとこだけはちゃんと見てもらおうと思ったんですよ。じゃ、続きは明日です」
集められた魔術師たちは腹を立てた。
「バカバカしい、私たちを何だと思ってるんだ!」
しかしマルティスはニヤニヤしているだけだった。
翌朝、渋々集まった魔術師たちはもっと険しい顔をになった。嫌なものを見たからだ。
10匹のネズミは全て死んでいるか、ぐったり倒れていたのだ。
「マルティス、ネズミの死骸を見せて何が楽しい。昨日の魔術は失敗したのか?」
アデルはマルティスに苦情を言った。
「とんでもない! 成功ですよ! 殺す魔術ですから」
マルティスは憤慨して言った。
「何だと?」
殺す魔術? アデルはもう一度ネズミをよく見て、魔術の痕跡を探した。
「そんなはずはない。生き物を殺す魔術は、致命傷となる場所に、魔術の痕跡が必ず残る」
「だから、そこが新しいんですよ!」
マルティスは得意げになって、いつもの早口がさらに早口になった。
「これまでの攻撃系の魔術は全て物理的な攻撃ばかりでした! 魔力をぶつけて体を破損させたり、物を壊す魔術で体の欠損させたり。そしてその魔術は、おっしゃる通り必ず魔術の痕跡が残ります。でもこれは違うんですよ! まず直接の死因は魔術で体を吹き飛ばしたことじゃないんです。病気で死んだんですから!」
アデルたちは意味がわからなかった。
「魔術で病気にしたのか? 病気にさせる魔術なんて聞いたことないぞ。できたとしてもいったいどうやって?」
「ふふ。たいそうな病気じゃないです。脱水症状ですよ! 水を飲んでも吸収できないって魔術を作りました! ね、すごいでしょ? 新しいでしょ?」
マルティスは鼻高々だった。
「いや待て、分からん! 水を飲んでも吸収できない魔術? 何を言っているかさっぱりだ!」
アデルは大声を出した。
マルティスは相変わらずニヤニヤしている。
「クレッカーが市場で変な虫見つけましてねー。環境に合わせて水分調節している虫だったんですよー。なんか役に立つかもってくれたんです。その虫見てて、僕思いついちゃったんですよね!」
アデルはさらにじっくりとネズミを見た。
確かに、なんとなくだが、ネズミの体内に僅かな魔力が感じられた。しかし魔力の痕はぼやっとして特定出来ず、魔術が使われたかのかどうか判断出来なかった。
他の魔術師も同様のことを感じたようだった。
「何が感じる。本当かもしれない」
「俺は分からんぞ」
「いやしかし、本当だとして、何をターゲットにどんな術を使ったんだ?」
「それよりも、この死に様……」
皆がざわついた。
その時一人の魔術師がわなわな震えながら言った。
「なんてものを作ったんだ……。人に悪用されたらどうするんだ」
それを聞いてマルティスは意外そうな顔をした。
「それは別に今までの魔術も一緒でしょ。人に攻撃系の魔術を使うことは原則禁止されていますし、これも同じように禁断の魔術になるだけですよ」
「門外不出は当たり前だ。漏れたら大変なことになるぞ。人に使われても、こんなのただの病で死んだようにしか見えない。人を殺したいと願ってる奴がいたとしたら、こんなに便利な術はないぞ。魔術で死んだとは分からないのだから」
皆は頷いた。
アデルは「『魔術を病死と偽る魔術』だな。」と皮肉を言った。
マルティスは文句を言った。
「えええー! 僕は悪用とかどーでもいいです。これは純粋に魔術の発展ですよ。だってすごいでしょ?」
「だめだ、こんなもの認められない……」
「だから、認められるとか何ですか? 新しいものを作ったんだ、ただの新しい魔術の知識ですよ。皆が共有したらいいでしょ。これを応用したらもっといろんなことができますよ! 人を眠らせる魔術とか、ダイエットの魔術とか」
人を眠らす? 自力で目覚められなかったら、その人は意識戻らず寝たきりになる。
ダイエット? 痩せさせる? 悪用すれば餓死させられる。
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