3. 見つかった者の死
その日の夜は風が強かった。
古い宿屋はいちいち風で軋んで音を立てた。風のせいだろうか。それとも集中しすぎたせいだろうか。ダミアンは突然の訪問者に気付かなかった。
それは黒髪と金髪の二人組の魔術師だった。
二人は音もなく部屋の戸を開けて入ってきた。ダミアンは急に現実に引き戻され、背筋が凍って顔色を失った。
「ダミアン・ホースだな?」
黒髪のロベルトが写真を片手に聞いてきた。ダミアンは何も答えなかった。
「答えないってことは当たりだな」
ロベルトは言った。
「俺たちのことは分かってるんだよな? 魔術管理本部に言われて来た。何か言うことあるか?」
ダミアンは何も答えなかった。その目は諦めがあったが不思議と落ち着いていた。
「一人か? おや、ここに写真があるな」
ロベルトはダミアンをチラリと見て挑発した。
ダミアンの額に汗が流れた。それは妻の写真だった。魔術師ではないから殺されることはないはずだ。そもそも王都を逃げ出してから一度も会っていない。
会えて、いない。
ダミアンがまだ何も答えないので、ロベルトは掌を上に向けて、ふわりと魔術を使い、この部屋に残された魔力を調べてみた。
二種類の光がうっすらとロベルトの掌の上に浮かび上がった。
「この部屋に誰か他にいたな?」
ロベルトの言葉にダミアンははっとした。アデルの顔が思い浮かんだ。ロベルトはダミアンのの顔色が変わったのを見逃さなかった。
「この部屋を張れば仲間も挙げられるな」
ロベルトは隣のエドワードに言った。エドワードも頷いた。
ダミアンは表情を強張らせた。それだけはさせられないと思った。アデルには指一本触れさせない。
アデルには竜の魔術の概要はもう渡してある。自分の役割は終わっているようなものなのだからいつ死んでもだいじょうぶだと思っていた。
だが、この状況を、アデルに知らせなければならないことに気づいた。もうここには近づかないように。
ダミアンはこれまで魔術開発ばかりで、実戦という実戦はほとんど経験がなかった。
逆に、ダミアンの目の前に立つこの二人は、若く逞ましい百戦錬磨な魔術師だ。恐らく全く敵わないだろう。
ダミアンは胸の前で左手で指を組んでから、右手を自分の背で隠した。
「右手隠して何か企んでんだろ。魔力漏れるし、分かるからな」
すぐにエドワードが言った。
ダミアンは冷や汗が流れた。だが、何もしないわけにはいかない。隠した右手で無数の小さい羽虫を幻で出した。
アデルに危険を知らせる使者。
そして羽虫から目を逸らすため、ダミアンは同時に左手で魔術を使い、とりあえず魔力を光に変えて放った。
辺りに閃光が走り、白い光で包まれた。ロベルトとエドワードは眩しくて思わず顔の前に手をかざした。
ダミアンはその隙に乗じて部屋の窓を開け、羽虫を外に出した。
無数の羽虫は夜の闇に消えていった。余程の使い手でなければこれだけ散った魔力の羽虫を消すことはできないだろう。一匹でもアデルに届けばいい。
「おい、ロベルト! とりあえず光なんとかなるか?」
とエドワードは叫んだ。
ロベルトは
「こっち系は任せろ」
と呟きながら、ふんわりと腕を広げた。
ずずっという音がして、溢れかえる光はゆっくりとロベルトの腕の中に吸い込まれていった。
魔力の光は全てロベルトの手中に収まった。
ロベルトは自分の腕の中の魔力を眺めながら、こういった魔術は普段あまり見かけないな、と思った。
目が見えるようになったのでエドワードはダミアンを睨みつけた。
「何か出してたじゃん。仲間に連絡?」
「……」
ダミアンは何も答えなかった。
ダミアンはさっきのロベルトが光を収める速さを見て格の違いを感じてしまった。
何とか逃げられないものか。逃げる方法を頭の中で必死に探した。
ダミアンはロベルトの腕の中にさっきの光がまだ残っているのに気づいた。手中に収めただけなのか? それならもしかして?
ダミアンは手を伸ばした。ダメ元でロベルトの腕の中に収められた光を圧縮して弾けさせた。
ダミアンの思った通りになった。バンっと大きな音がして、ロベルトが呻きながらのけぞった。ロベルトの腕や顔は血まみれになっていた。
「ロベルト、だいじょうぶか!?」
一瞬、何事かとエドワードはロベルトを振り返った。
「腕の裂傷、かすり傷みたいなもんだ、気にすんな! それよりあっち!」
とロベルトはエドワードに怒鳴った。と同時に、集めた光を爆ぜさせる、これもまたなかなか見ない魔術だね、とロベルトは思った。
エドワードは慌ててダミアンの姿を探すと、ダミアンは窓から姿を消そうとしていた。
「あ、ちょっと逃げよーとしてるじゃん」
エドワードは慌てて拘束の魔術を使った。筋状の魔力がエドワードから何本も何本も一気に放出され、ダミアンを絡め取ろうとした。ダミアンはぎょっとした。
「なんだ、この魔力の量……」
拘束の魔術自体はよく見るものだったが、その威力にダミアンは圧倒された。
相当な使い手じゃないか。ダミアンは冷や汗をかきながら、拘束の魔術を相殺するものを頭の中で探した。
魔力塊であれば何でも良いはずだ。だが、問題はこの量だ。いちいち魔力塊を作ってぶつけるほど、ダミアンは普段から魔力塊を使い慣れていない。
ダミアンは、アデルの作った波の魔術ならいけるかと思い、アデルの応用魔術を頭で必死に探した。
「使ったことないけど、理論は分かる。いけるか」
ダミアンは拘束の魔術が走るときの空気の振動をすかさず魔力塊に変えて、筋状の魔力にぶつけた。
あちこちで、筋状の魔力はダミアンの作った波の魔力に触れると固定され、バチバチと爆ぜて消えた。
次々に増幅した波のエネルギーが筋状の魔力にぶつかっていく。
エドワードはぎょっとした。これは比較的新しい魔術だ。こんな薄汚い痩せ男が使えるとは思わなかった。
と同時に、ダミアンは今度は暗闇を作るために光を消す魔術を使った。ダミアンが放つ魔力はゆらりとダミアンの周囲を覆い、のたりと広がっていった。
これはダミアンの最新の作だった。ダミアンの周囲の光子を、消す。部屋のランプは点いていたが、ダミアンの周囲だけ真っ暗になった。
ロベルトは怪訝そうな顔をした。ランプは点いているのに部屋が暗いだと? 見たことのない魔術だった。
「これってどういう魔術!? 作用機序が分からん。お前知ってる?」
とロベルトはエドワードに聞いた。
「え! おまえが知らねーのに、俺が知るわけねーだろ! じゃあおまえ、アレだ、最終兵器!」
とエドワードは怒鳴った。
ロベルトははっとして頷くと、両手を突き出した。ロベルトの手からぬめっとした感触の魔力が溢れ出てきた。
その張り付くような魔力は部屋に満ちていき、ダミアンの魔力が打ち消されていった。ランプの光が届き出した。
ダミアンは逃げなければならないのに、その魔術に驚いて目を見張った。ダミアンはその場から動けなかった。これだ! これだ! 探していたものは。ああ、アデル!
これはアデルに伝えなければならない。ダミアンは窓から飛び出した。
咄嗟のことで、もう一度羽虫を使うことなどは頭から抜け落ちていた。窓から外の木の枝に落ちるように飛び移ると、がさっと大きな音がした。ダミアンは無我夢中で降りていった。
「おっと! 逃げるな」
エドワードは薄暗い中、窓枠に駆け寄った。
そしてロベルトに目配せすると、ひょいっと窓から外へ出て、トントンと木を降りダミアンを追った。
ダミアンは木を下りきったところで、体勢を少し崩していた。
エドワードはザっと枝を蹴ると同時に剣を抜き、ダミアン目掛けて振りおろした。
剣からは魔力が放出された。剣が切り裂く手応えと、魔力がぶつかった手応えがあった。
呻き声がした。月明かりの影で人が崩れる気配がした。やがてその人影は全く動かなくなった。
エドワードは一仕事を終え、ふうっと大きく息を吐いた。
見上げるとさっきの部屋の窓際にロベルトがいた。ロベルトは上からうち伏せられたダミアンを見て、大きく頷いた。エドワードは安心したように笑顔を見せた。
よし、これで、また一つ仕事が済んだ。
はじめての作品です。まだまだ続きます。あたたかく読んでくださるとありがたいです。
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