29. 神経質な魔術師と、気付かない気の毒な魔術師
ロベルトは夜中目を覚ました。
神経質なところのあるロベルトは、寝る前に何時と決めれば、自然とその時間に起きることができた。
今日も時間通りだと思った。
ロベルトは隣のベッドのエドワードを見た。エドワードは軽いいびきをかいてぐっすり眠っていた。
エドワードは、本当に気持ちよく眠る。
ロベルトはテキパキと、いつもの兄たちへの定期連絡をすませた。
知り得た情報はできるだけすぐに報告する。そして、自分も情報を得て、次にどういう行動を取るべきか考える。
今日はシャールから、カレンが魔術管理本部を訪れるために村を発ったことを聞いた。
ダミアンの死の真相を知り合いに聞くと言う。
カレンは手紙を読んで、すぐ決めたようだった。
腹の据わった女だな、とロベルトは思った。
「俺も知りたいもんだがな。ダミアンがなぜ殺されなければならなかったか」
ロベルトは一人呟いた。
とにかく、カレンにはきちんと伝えられたようだ。任務完了。
これで俺のこの村での用事はお終いだ。
長いことシャールには世話になり、そもそも彼に頼んだ用事も良いものではなかったので、すぐにでも発つかと思ったが、ロベルトはエドワードの顔を思い浮かべた。
エドワードがリーナを何となく気に入っていることは、ロベルトも勘づいていた。
いや、何となくどころではない。この家のあちこちで、使用人が噂をしている。
エドワードがリーナに強引にキスしたとか何とか。シャールに見つかったとか何とか。
使用人の噂なのでロベルトにはどこまで本当か分からない。が、火のないところに煙は立たない。エドワードが何かしでかしのは本当だろう。
「にしても、バカなヤツ」
とロベルトはエドワードには聞こえないように呟いた。
「俺に遠慮とかねーのかよ。女に本気になるとか」
エドワードは暇なので、リーナの薬作りを手伝っているようだった。馬であちこちリーナを連れて行っているらしい。
シャールとリーナは、安全警備本部から竜避けの薬をたくさん作れと言われているらしいので、大事な仕事とも言えた。
そしてリーナが薬の調合室にこもっている間は、エドワードもそこに入り浸っているようだった。
無邪気なもんだな、とロベルトは思った。
だが、エドワードは決して仕事とプライベートを混同はしないだろう。エドワードの気持ちがこれ以上大きくなる前に出発した方がいいな。エドワードが冷静に今後の自分の未来を描けるまで。
俺たちは仕事上のパートナー。恋愛も結構。結婚も結構。だがそれは、仕事外での話だ。
それからロベルトは自分のことを考えた。
先程の兄との定期連絡で自分が次に何をするべきか明白には決まらなかった。
ダミアンとカレンは一つのヒントになるはずだとは思っていた。だが、カレンが魔術管理本部に行くと言うのなら、カレンは何も知らないのだろう。
「カレンを魔術管理本部に案内する」とか言って自分もついて行けば、何か分かるかもしれなかったのだが、なにぶんダミアンを殺したのは自分たちである以上、迂闊にカレンに近づけない。
まあ、どうせクレッカー長官も、カレンには大した内容は話さないだろう。
ロベルトはため息をついた。
そのとき、ふと窓から外を眺めたロベルトは意外なものを目にした。
リーナだった。
黒っぽいフード付きの外套を頭からすっぽりと包み、人目を避けるように下を向いて足速に歩いていく。
「なんだ?」
ロベルトは唖然とした。
「こんな夜中にどこへ? 怪しいな。シャールは気付いてんのか?」
それから隣でぐっすり眠るエドワードを見た。
「こいつと逢い引きってわけじゃなさそうだし」
一瞬外套の端から見えたリーナの異様な表情を見て、ロベルトはなぜかわからないが「何かおかしい」と感じた。
ロベルトはもう一度首を傾げると、窓の外に置いてあったガーベラの花びらを数枚ちぎってふっと息を吹きかけた。
するとガーベラの花びらは魔力を帯び、追跡できるようになった。
ロベルトはそっと気付かれないように窓を開け、隙間からその小さい花びらたちを外に出し、リーナに付着させようとした。
花びらはさておき、一般的な追跡の魔術だ。
だが、さあ花びらを飛ばすぞというとき、ロベルトはふと手を止めた。
リーナが、もしこれから誰か魔術師と会うのなら、こんな追跡の魔術は簡単に見つかり、リーナたちにロベルトが気づいたことを教えてしまう。
それは今後どんな展開になろうともきっと不利に働くだろう。
情報を集めるなら、あくまでこっそりとだ。
ロベルトは、すっとガーベラの花びらから魔力を消した。
「ただの村の恋人との逢瀬とかならいいんだけどな。おっと、良くないか」
ロベルトはエドワードの顔を眺めて苦笑した。
しかも、ロベルトが見る限り、リーナは少しも浮かれた様子には見えない。
「恋人と逢瀬なわけねーよな、あの感じ」
とロベルトは思った。
しかもリーナは慣れた足取りだった。
「それにあの所作。今夜が初めてではないな」
ロベルトは呟いた。
昼間のリーナは、夜中の外出なんて微塵も感じさせなかった。
俺たちに隠すと言うことは、何か彼女なりに思うことがあるのだろう。
それは俺たちには関係ないことかもしれないが、もしかしたら関係してるかもしれない。
例えば誰か魔術師とかと接触していたら……。
「さて、どうするかな」
ロベルトは口端で少し笑った。
「にしても、あのカッコ、うちの儀式みたいだ」
ロベルトは心の中で思い、眉をしかめた。
家中静まりかえっている。おそらくシャールや使用人は気付いていないだろう。
「シャールも、まだまだだな」
ロベルトは思った。
そして、何も知らずに眠る隣の同僚をもう一度気の毒そうな顔で眺めた。
エドワードも、な。
近くにいる好いた女から隠し事されたら、恐らく悲しいだろう。
こんなリーナを見てしまったら、エドワードはどんな顔をするだろう。あまりエドワードには知らせたくない。
とりあえず俺が一人で動くか?
「いやあ、怪しいよなあ」
何も気づかないリーナが小走りに出かけていくのをロベルトは窓からずっと眺めていた。
お読みくださってありがとうございます!
今後の励みになりますので、
下のご評価↓★★★★★↓の方も、どうぞよろしくお願いいたします!
ほんの少しで構いません。
お手数をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします!