27. あの日の、そして一際強引な今日のキス
リーナはエドワードがネズミに噛まれて以来、本当はすぐにでもエドワードの怪我を見に行きたかった。
だが、兄に怒られて、なんとなく行きそびれていた。
しかし、今は兄もロベルトも用事があるようで外出していた。リーナは兄に罪悪感をらもちながらも、エドワードが心配で、今日こそはエドワードのら肩の傷口を診よう、と思った。
リーナは、薬箱を手に、エドワードの部屋を訪れた。
とたんに先日のキスが思い出されて、リーナは顔が赤くなった。
「いや、だいじょうぶ。先日は何かおかしかっただけ。エドワードみたいな貴族の子息が私なんかに」
リーナは気を取り直した。
リーナはトントンとエドワードの部屋の戸を叩いた。
「すみません、大分時間経っちゃったんどけど、肩の傷口を見に参りました」
部屋の中で物音がした。
「ああ、入って」
エドワードの声だった。
リーナが扉を開け、エドワードの部屋に入るや否や、エドワードがリーナの腕腕を掴み、リーナを自分の腕の中に抱き入れ、キスをした。
それはエドワードの部屋の扉が閉じる前の光景だったので、付近にいた使用人の目に留まることとなった。
使用人はぎょっとして、ざわついた。
「エ、エドワード、ちょっと部屋の外が……」
リーナはエドワードの腕の中で言った。
「構わん」
「いえ、私が構いますよ! ってゆーか、どーしたんですか、今日は!? いつもはこんなことしないのに!」
リーナはエドワードが好きだった。リュウシソウをとりに連れて行ってくれたり、ネズミを捕まえてくれたり、薬の調合室に遊びにきて話し相手になってくれたりした。
リーナが、もしどこかで、竜に襲われた村の後方援護活動をするなら、そこで竜を退治してくれるのはエドワードがいい。
エドワードは優秀で、竜などたちまちやっつけてくれるだろう。
だけど。
だけど、キスは違う。身分が、違うから。
「あと、こんなに使用人が騒げば、外からでもお兄様が飛んできます、多分」
とリーナは言った。
「シャールが?」
エドワードは嫌そうな顔をした。
「私が他の男の人と喋るだけでもうるさいですから。ましてやこんな……」
リーナは自分の唇に手を当てた。
「シャールが来るなら今のうちだな。いやか?」
エドワードは改めてリーナをぐいっと引き寄せると、じっと目を見ながら聞いた。
「嫌というわけでは……」
リーナはエドワードの真っ直ぐな目が恥ずかしくて目を逸らした。
「なら問題ないな」
エドワードはまたしてもリーナを腕の中にしっかりと抱き、口付けた。
リーナは慌ててエドワードの体を押しやろうとした。
「問題ありまくりですよ、エドワードは貴族様でしょ! 私はただの村娘なの!」
だがエドワードの鍛え抜かれた体はびくともしなかった。
「それがどうかしたか?」
「どうかしたか、じゃないでしょ! 身分!」
「そんなもの、俺は知らん」
エドワードはムッとして言った。
「王都には他に綺麗な御令嬢がいっぱいいるでしょ。本当は許嫁とかもいるんじゃないの?」
リーナは消え入りそうな声で言った。
「俺はリーナがいい。他は知らん」
エドワードはリーナの腕を離さなかった。
「いや、だから、身分が……」
リーナが身を捩った。
「ってゆーか、肩の傷を見に来たの、私は!!」
リーナは大きな声を出した。
「んなもん、治った! それよりおまえを抱く方が重要だ」
エドワードも聞かなかった。
「いや、怪我が膿んでないかくらい見せてよね。感染症疑いあったら飲み薬も飲んでもらいますから!」
「脱げって?」
エドワードは意地悪くリーナをリーナを見た。
「もう。今日のエドワードは、本当にどうしたの!? 悪いけど、その辺は薬師として免疫ありますからね。どうぞ、大胆になさってくださっても結構です」
「ふん」
エドワードは大人しく、上半身の衣服をとり、肩の傷口を見せた。
エドワードの言った通りだった。
最初の処置が良かったのか、化膿もなく、炎症が広がっている様子もなかった。
リーナはほっとした。安心した手つきで包帯を巻き始めた。
「これでいいか? じゃあ」
エドワードはリーナの、包帯を持つ手を掴み、ぎゅっと握った。
「邪魔よ、包帯を巻けません」
リーナは言った。
「後でいいだろ」
エドワードは堪えきれずに、リーナの包帯を持つ手から首筋から、くちづけていった。
「や、ちょっと、エドワード! だから身分が……」
リーナがエドワードを押しやろうとすると、
「さっきから、身分、身分ってなんだよ! じゃあ、身分の問題さえなけりゃ、おまえは俺を男として見てくれんのかよ!?」
とエドワードが怒鳴った。
そこへシャールが飛び込んできた。
エドワードがリーナを腕に抱いているのを見て、
「ちょっと、エドワード。うちの妹に手をださないで下さいよ」
と言った。
さすがにエドワードもシャールの前で強引なことはできなかった。
リーナは急いでシャールのもとに逃げた。申し訳なさそうにエドワードを見ると、エドワードはそっぽを向いた。
シャールとリーナは、黙ってエドワードの部屋を後にした。
「だいじょうぶだったか? リーナ。何かされなかったか?」
シャールはハラハラしながら聞いた。
リーナは本当はあちらこちらくちづけをされたが
「いえ、特に。エドワードの傷口をみただけ」
と嘘をついた。
「そうか」
と、シャールはほっとしたように息を吐いた。
「だが、噂になるな。使用人たちの口は暇なんだ。村で噂になられると嫌だな」
シャールは大きくため息をついた。
旅人がリーナにちょっかいを出したと。噂には尾鰭がついて、リーナの貞操が疑われてしまう。
「そ、そうね……」
リーナも青ざめた。
村を駆け巡る噂がどうなるかは良く知っていた。
「お嫁の貰い手がなくなる……」
リーナは震え声で言った。
「困ったわね。お兄様がお嫁にもらってくれる? いや、だめよね、いくら優しいお兄様でも、さすがにそれは……」
リーナは首を横に振った。
シャールは絶句して一瞬固まった。
「おまえ……」
「ごめんなさい、聞き流して! まあいいわ。別に嫁の貰い手なくても、私は薬師よ、生きていけるわ!」
シャールは息を呑んだ。
俺が欲しいものは。ずっと欲しいものは。貰ってやる、貰えるものなら、今すぐにでも。
シャールはふうっと息を吐いた。
そしてそっとリーナの頭を撫でた。
「だいじょうぶ、俺がもらってやるから」
「お兄様、ごめんなさい、悪かったわ。だいじょうぶよ。こんなのでも欲しいって言ってくれる人が現れるようにがんばるから」
リーナは、兄の気持ちなど微塵も分からず笑顔で答えた。
シャールは大きなため息をついて、辛そうに下を向いた。
エドワードの部屋の中では、エドワードは椅子に腰掛け、リーナの巻き途中の包帯の端を握っていた。
ずっと考えていた。リーナとの距離を縮める方法を。あの日以来、俺はまたリーナに触れたくて。
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