26. 致命的な魔術 〜アデルの死のカウントダウン〜
アデルはフードを深く被り、人の目を避けるようにして旅路を急いだ。
もう目的の村は目の前だった。
アデルは、あの日、ダミアンが襲撃されてから、自ら探し物の旅に出たのだった。
ダミアン襲撃の後、アデルはすぐに同僚たちを直ぐに呼び寄せた。
ほうぼうに散っていた仲間たちのうち、数日で集まれる者は急いでやって来た。
魔術を使わず、直に呼び出すということは、傍受を恐る、よほどの内容だということを皆理解していた。
集まれるものが集まると、アデルはダミアンの訃報と竜の魔術の原案について報告した。
同僚たちはあまりのことに皆押し黙った。
めいめいが突然の喪失を深く悲しんでいた。
皆、ダミアンの人柄や功績を思い浮かべたり、ダミアンとの日々を思い返したりした。
と同時に、そのダミアンが殺されたという事実に怯え、皆が心の端でうっすらと、次は誰が死ぬ番かと、後ろ向きな思いを抱いていた。
深い沈黙の後、誰かがダミアンの竜の魔術について口にした。
これは皆を救う一言だった。この一言で皆急に我に返ったように前向きになったからだった。
皆はアデルの顔を見、アデルは頷いた。
ダミアンの遺志は継がねばならない。
アデルは皆にダミアンの紙を見せた。
皆は順々に紙を食い入るように見つめ、それから感嘆の声を上げた。
相変わらず、ダミアンのアイデアは秀逸だ。
それは皆に希望を与えるのに十分だった。
誰かが手を胸の前で組み、ダミアンはに深い敬いの念を示した。
「ここまでダミアンが示してくれていればすぐできる。明日にも始めよう」
一人が言った。
「頼む。私は例の者を探す。とにかく急ごう」
とアデルは言った。
皆、頷いた。
アデルはさらに
「それから、ついでにダミアンの妻を探し、ダミアンの死を伝えようと思う」
と言った。
アデルのその言葉に皆は嫌な顔をした。
「アデル、私たちはやるべきことがある。みな命をかけてそれに突き進んでいるんだ。今するべきことじゃないだろう」
「それに、危ないですよ。やめた方が」
皆は口々に言った。皆の言う通りだった。
「分かっている。だが…。あくまでついでだ」
アデルは皆に頭を下げながら言った。
頭を下げられて皆は少し困った顔をした。
「全部が終わってからでいい。死んでいった者を弔うのも、残された遺族に説明するのも」
最年長の男が低い声で呟いた。
それは、なぜダミアンの妻だけ特別扱いするのか、ということだった。
「分かっている。だがどうせ人探しをしているのだ。探し人が二人になるだけだ」
アデルは答えた。
「それは二倍時間がかかるってことじゃないのか?」
別の誰かが言った。
「アデル、今、遺族に会うべきではない。決意がブレたらどうする」
「……」
アデルは言葉を呑んだ。
皆の言うことはもっともだと思った。しかし、堅い決心で唇はぎゅっと結ばれていた。
その様子を見ていた最年長の男が
「無駄だ、おまえら。昔からアデルはダミアンのこととなると冷静じゃいられなくなるのだ。ほっとけ。その代わり、必ず目的の者を探して来い。ダミアンの妻はあくまで次いでだ。おまえの仕事を忘れるな」
と言った。
その言葉に、皆は仕方ないといった顔をした。
「私たちは竜を呼び寄せる。それから例の者はもちろん私たちの方でも探す。連絡は怠るな」
最年長の男は言った。
あれから半年ほどがたった。
アデルの探し物は見つからなかったが、アデルはダミアンの妻の居場所を突き止めることができた。そこで、一先ずそちらへ向かうことにした。
そして、その村はもうすぐそこだった。
そのときアデルはふと奇妙な気配の男に気づいた。
フードを深く被った男がアデルを尾けるように歩いていた。
もしやと胸騒ぎがしたと思うと、男はアデルに悟られたことに気づき、外套からすっと両腕を突き出した。
その所作は魔術師のものだった。
私たちを追う者だ。
アデルはすぐに応戦できるよう構えたが、それは一瞬のことだった。
男は手をかざし術を発した。すごく繊細な魔術だった。細かい魔力が細い糸のようにアデルの体に入ってくるような感覚がした。
それで終いだった。
アデルは、しまった、と思った。
男は踵を返すとあっという間に姿を消してしまった。
マルティスの、例の魔術だ!
アデルは確信した。心臓がドクドクと激しく鳴った。
幸い即効性はないはずだが、待つのは忍び寄る確実な死だ。
アデルは、マルティスの無邪気な顔を思い出して唇を噛んだ。
それよりどうする……。これが例の術だったら数時間で異変が出始めるはずだ。
72時間だ。人が水を取らずに生きていられる時間。
アデルはゴクリと喉を鳴らした。まだ実感が湧いてこなかったが、カウントダウンが始まっていることに焦りを感じた。
術の精度は分からない。とにかく水だ。72時間より時間があるかもしれない。
仲間達の顔が思い出された。
アデルは自分が歯痒くて仕方なかった。申し訳ない。私は例の者を見つけられなかった。
しかし、せめてもの幸いで、ダミアンの妻は見つけた。私はダミアンの妻の件を片付ける。
まずは仲間達に報告せねばならない。アデルは掌の上に魔力を集中させ、沢山の幻の羽虫を出した。
「伝えてくれ。マルティスの魔術、アデルはじきに死ぬ、と。残された時間でアデルはダミアンの妻のところへ行く、と」
羽虫は太陽の光を反射してきらきらと輝きながら飛び去って行った。
とにかく時間がない。アデルは早足になり目的地の村を目指した。
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