25. 告げ口 〜兄の怒り〜
「リーナ、昨日居候さんとどっか出かけた?」
朝、畑へ行く道が一緒になり、グレースがリーナに聞いた。
「出かけた…」
リーナは昨日のエドワードのキスを思い出して、一瞬耳が真っ赤になったが、すぐに取り繕った。
そして
「何で?」
とリーナは聞いた。
「うちのお兄ちゃんがいつもの10倍筋トレしてる」
「はあ? だから何で?」
リーナは呆れて聞く。
「さあ? 筋肉は男をあげるとか何とか言ってたかな」
グレースもため息を混じりに答える。
「へええー。で、グレースはそんなベナン見てどーしたの?」
リーナはグレースを気の毒に思って聞いた。
「ほっとくよね、とりあえず」
「冷たいわね、止めてあげなよ」
「そ? ま、どのみちお兄ちゃんには元々勝てる見込みはないしね」
グレースは苦笑しながら言った。
「どーいう意味?」
「なんでもないよー」
グレースは笑って言った。
「それよりさ。ねー、リーナ。イケメンとどんな話すの?」
グレースは興味津々といった口調で聞いた。
「なんだろう。私の薬のことばっかり。普通はどんな話するのかな?」
リーナは首を傾げた。
「私も分かんないから知りたいのに! 好きな食べ物とか、好きな動物とか話すのかしら」
グレースは頭を捻った。
「そうなんだ! そーゆー話するのね。今度してみるよ、イケメンと」
リーナは任せて!といった顔をした。
と言ったものの、キスしてしまってから、何の話ができるだろう、とリーナは思っていた。
しかし、グレースは無邪気に
「うん、がんばって! イケメン貴族って普段何食べてんのか、私も興味あるわ。教えてね」
と言った。
「うん! でもイケメンってどんな動物が好きなのかしらね」
リーナは首を傾げた。
「うーん… タガメとかじゃないかしら」
とグレースは考えた末、答えた。
「ああ。タガメはカッコいいわよね。カブトムシは王道すぎるものね」
とリーナは頷いた。
「でも貴族よ? もうちょっと違う生き物な気がするな」
とリーナはそれとなく言った。
そこへ、すでに汗だくになったベナンが畑にやってきた。
「何、虫の話してんだ?」
「お兄ちゃん! 筋トレ終わったのね。ようやく働く気になってくれて嬉しいわ」
とグレースは言った。
「リーナ、昨日のこと聞いたぞ。気をつけろよ。男はみんなオオカミだから」
ベナンは険しい顔をして言った。
「男の人はみんなオオカミ…? 何それ?」
リーナはポカンとして聞いた。
グレースがリーナの背中をさすった。
「男の人は女を見ると食べちゃうのよ」
普段から面倒見のよい兄に守られているグレースも、いまいちよく分かっていないようだった。
ベナンは頭を抱えながら、
「とにかく、アレだ、知らん男と二人でどっか出かけるなよ。シャールにもさっき会ったから伝えといたぞ」
「え!? あ、しまった。ベナンのお節介!」
リーナは、シャールに竜の巣に勝手に行くなと言われた約束を破ってしまったことを思い出した。
「何がしまった、だよ。シャールに怒られてこい」
ベナンはムッとして言った。
リーナが家に帰りたくないと思いながら畑の手入れをしていると、
「リーナ」
と地に響くような重々しい声がした。
シャールが仁王立ちで立っていた。
朝イチの村長の用事をぱぱっと片付けて、その足でリーナのところへ来たようだった。
「あー、お兄様、わざわざこんなところまで…」
リーナは冷や汗をかいて言った。
シャールの顔は笑っていなかった。
「リーナ、エドワードと出かけたんだって?」
と怖い顔をして言った。
「あ、はい、お兄様」
リーナは素直に頷いた。
「何しに、どこへ?」
シャールの声は厳しい。
「……すみません、竜の巣へ……」
リーナの言葉に、シャールの顔色がさっと変わった。
「おいっ」
とシャールはリーナの腕を乱暴に掴んだ。
「竜の巣に行くときは俺と一緒だと、こないだあれほどしっかり言ったはずだぞ…!」
「あ、ごめんなさい。でも危険はなかったの…! ほら、いざとなっても、エドワードは魔術師だから竜もやっつけれるって…」
リーナは謝りながら言い訳した。
「そういうことだけじゃない。俺との約束は!?」
シャールの目は怒りが滲んでいた。
「あ、ああ、ごめんなさい…」
リーナは申し訳なさで頭を垂れた。
シャールはハッと我に返った。
そして慌てて強く掴んでいたリーナの腕を放した。
シャールはふうっと冷静になるために大きくため息をついた。
そして、そっとリーナの頬に手を伸ばした。
「だいじょうぶだったか、何もなかったか?」
「あ、はい、お兄様」
「…何も、されなかったか」
リーナは急に言われてドキッとした。
「お兄様、そ、それは、い、いえ、何もないわ!」
リーナはどぎまぎしながら答えた。
「そうか…」
シャールは疲れ切った顔をリーナに向けた。
「リーナ、何度も言うが、頼むから危険なことはやめてくれ。俺の目の離れたところでは……本当にやめてくれ」
「分かったわ。でも、お兄様、本当にエドワードはただ親切で…。薬の材料を…」
リーナはエドワードを庇った。
シャールは一瞬悲しい目をした。
それから諭すように言った。
「リーナ、気をつけないとだめだ。エドワードが親切? 本当に信用に足る男か? リーナはあいつの何を知ってるの? この村に来た目的は? なぜカレンへの伝言を俺たちに頼む? 不審なことが多すぎるよ。あまり信用しすぎるな」
リーナは言葉が詰まった。
「そんな、悪い人みたいに…」
「もちろん、お前を竜から助けてくれたことは感謝している。だがエドワードだけじゃない、ロベルトだってそうだ。あいつの背負ってる重い空気は何だよ? あいつらは尋常じゃない。警戒心は持っといて損はない」
シャールはリーナの腕を取った。
話の内容までは聞こえないまでも、シャールとリーナの様子を隣の畑で見ていたベナンは呆気に取られていた。
「シャール、すげー剣幕だな」
「あー、そういえばリーナんちには、もう一人イケメンがいたんだったわ」
グレースは頭を抱えた。
「はあ? シャールってイケメンか?」
とベナンが言った。
「うん、私も見慣れすぎてて忘れてた」
とグレースは言った。
ベナンは、まじか、といった顔をした。
そしてベナンとグレースは顔を見合わせた。
あのシャールの様子、ただの家族の心配ってわけじゃなさそうだ。
「シャールってさ、いいヤツだよね」
とグレースは言った。
「ああ。実際、この村はシャールがいてくんなきゃ治らないことがいっぱいあるよな。もはや村長の片腕だし」
「だよね。幸せになってもらいたいわね」
グレースは小さな決心を胸に抱いた。
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