23. 魔術師が暇なので、また鼠取りに行くことになりました
リーナは家の一室に籠っていた。
リーナが好きに薬草を調合できるように、シャールが用意してくれた部屋だった。
リーナは、先日捕ってきたネズミの血を少量取り調べていた。
その様子をエドワードが特に何もするでもなく、近くの椅子に座って眺めていた。
この数日で、エドワードはすっかりリーナの傍にいるようになっていた。
「リーナ、俺退屈だよ」
エドワードが暇そうに言った。
「そんな退屈ならどっか遊びに行けばいいのに」
「俺、一人遊びできない難しいヤツなのよ」
「知らないわよ。じゃあ、新しい魔術の一つでも覚えたら? エドワード、あなた魔術師でしょ?」
「あー、そのへんはロベルトに任せてるんで」
「は? 怠け者か?」
「嘘! 得意なのは新しいの出たらすぐ覚えてるよ」
「苦手なのは?」
「よっぽど実戦で使えそうなヤツだけかな。中途半端はどーせ実戦で使えねーし」
「エドワードって真面目なのか不不真面目なのか分かんないわね」
「真面目なのはロベルトだ。あいつは開発されたのはたいてい使える。なんか信念みたいなんがあるんだろーな」
エドワードがポツリと言った。
「新しく開発された魔術ってすぐ皆に共有されるの?」
リーナは聞いた。
「ああ。今の体制になってから、ちゃんと通知が来る。便利だ」
「へー。魔術ってしっかり管理されてるのね」
「昔は違ったよ。でも今は確かに良くなったな。まー、今、本部の開発部門が機能してねーから、新しいのも出てねーけど」
エドワードは腕を伸ばしてリーナの頭をわしわし撫でた。
「ちょっとやめてよ、エドワード! 私、犬じゃないし」
「何かおまえって、犬みてー」
エドワードは至福の顔をしていた。
「で、おまえのそれ、いい感じなのか?」
エドワードは急に話題を変えた。
「すごいわよ。リュウシソウの成分がむっちゃ濃縮されてる上に、少し性質が変わってる」
リーナは少し興奮気味に言った。
「すごいの、それ?」
「うん。このネズミ、竜に食べられないように、リュウシソウ食べて血中に成分濃縮してるみたい」
「へー、そりゃ賢いな」
「でしょ? しかも、リュウシソウでは揮発性だったけど、このネズミはリュウシソウの成分を少し変えて、血中に溶けやすくしてるっぽい。しかも毒性もちょっと上がってる」
「へー。このネズミも、生きるために色々改良してるってわけだな」
エドワードは感心した。
それから、リーナの生き生きとした顔を見て、エドワードは微笑んだ。
「好きなんだなー、こーゆーの」
「え、何?」
「何でもねー」
エドワードは首を横に振った。
「で、おまえは今は何やってんだ?」
「さらに毒性強めらんないかなーと思って、色々やってるとこ。少し火を入れたり、別の成分と混ぜてみたり」
「ふーん?」
途端にエドワードは退屈そうな顔をした。
しばらくリーナの手元を眺めていたが、大きくため息をついた。
「なあ、ずっとここにいてもつまんねーし、リーナ、そのネズミいっぱい取ってこよーぜ。血はいっぱいあった方がいんだろ?」
エドワードが提案した。
「私はつまんなくないけど」
「俺はつまんねー」
エドワードがうずうずして立ち上がったので、リーナも仕方なく立ち上がった。
「分かったわ。付き合う」
「ちげーだろ! 俺がおまえに付き合ってやってんの! ネズミなんか興味ねーよ!」
「めんどくさいヤツ」
リーナは呟いた。
「あ? 何か言ったか?」
「いいえ、何も…」
リーナはため息をついた。
「よし。じゃ、行こうぜ」
エドワードは嬉々としてリーナの手を引くと、厩へ一目散に歩いて行った。
リーナの顔が曇った。
「え、また馬?」
「何だよ」
「いや、怖いし」
「うるせー、乗れ。遠いだろうが。俺にしがみついときゃいいだろ」
「だって…」
「何だよ。もしかして前くっつき過ぎて俺のこと意識したのか?」
「ち、違うわよ」
「じゃあいーじゃん」
エドワードはリーナをひょいと担いで馬の背に乗せた。
リーナの頭にシャールの顔が浮かんだ。竜の巣には勝手に行くなと言われていた。
しかし、リーナは頭を振った。
今更だ、どうせ前回も勝手に行ってしまったのだ。
それに、シャールの話では「危ないから」とのことだった。
今回もエドワードがいるから、竜に襲われてもきっとだいじょうぶだろう。
「妙におとなしくなったな。よっぽど馬の上が怖いか?」
何も知らないエドワードが笑って言い、リーナの後ろに跨った。
エドワードは今回はゆっくりと馬を走らせた。
気分転換の乗馬も兼ねているようだった。
初めはエドワードの胸にしがみついていたリーナも、徐々に慣れてきて、エドワードから体を離せるようになった。
「ねえ、竜とか怖くないの?」
とリーナは聞いた。
「怖いさ。竜だけじゃない。俺に危害を加えようとするヤツは何だって怖い」
「でもエドワードはやっつけるじゃない」
「うん、誰か側にいたら戦えるんだ。ロベルトとか。まあ、おまえとか。そいつのためなら体が動く。俺はいつもちょっと背伸びして戦ってんだよ」
「そっか、エドワードは優しいんだね」
リーナは呟いた。
リーナの言葉にエドワードは黙った。
それから
「そんなこと軽々しく言っちゃいけない」
とポツリと言った。
「え? なんで?」
「…なんでも、だ」
エドワードはふうっと息を吐いた。
俺は殺人者だから。とっくに人の道を踏み外してる。
エドワードはリーナの体を引き寄せようとしていた手を止めた。
エドワードが黙ってしまったので、リーナも気後れして黙った。
馬の蹄の音やあたりの風の音が耳に響いた。
しばらくすると
「着いた」
と、エドワードが言った。
前回と同じ竜の営巣地だった。エドワードはひらりと馬から降りると、リーナを抱えて下ろした。
二人は恐る恐る竜の巣を覗いた。
またしても、運良く竜はいなかった。もちろん、竜の遠出の時間を狙って来たというのもある。
「よかった。竜がいたら引き返さなくちゃいけないものね」
「そうだな。よかった」
エドワードも言った。
「ネズミたくさんいるかしら」
「いなきゃ別の営巣地行くだけだ」
「あ! いたわよ! 行きましょ! 捕まえて!」
リーナは遠目にも一瞬でネズミを見つけると叫んだ。
「リーナ、相変わらず、モノを前にすると性格変わるねー」
エドワードは呆れた。
「ちょっと、早く!」
リーナが凄い勢いでエドワードを手招きした。
「あーそっか、ネズミ捕まえるんだから、全部俺の仕事か…」
エドワードは苦笑した。
「うん、魔術って便利ね!」
「こんなに便利遣いされることはマジなかったわ。はじめての経験。俺って、安いなー」
エドワードはひょいっと風を起こして草むらのネズミの位置を把握すると、前と同じように魔術で次々とネズミを拘束していった。
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