21. カレンの記憶 〜アデルとダミアン〜
カレンがダミアンと出会ったのは、ちょうど父と母を両方亡くしたのに帰郷する気になれずにいた頃だった。
隠せないほどのイライラを募らせるグレゴリー大臣と、慇懃無礼なクレッカーの間で、カレンは負の感情を一手に受けてしまい、心に折り合いがつけられなくなっていた。
夜の眠りも浅く、食欲も湧かず、上手に笑えなくなっていた。こんがらがった頭の中を整理したくても気力がわかず、ついつい後回しにしてしまっていた。
特に遠方の父と母のことについては大きなことすぎて、触れば心のバランスが崩れる確信があった。
自分を保つことを言い訳に、考えてはいけないと強く決めていた。
しかし、そんな現実逃避の日々は無意識にカレンの心を無秩序の中に放り出すことになり、余計に精神衰弱を引き起こしていた。
しかしカレンは自分ではそのことに気づいていなかった。
その日もいつものようにグレゴリー大臣からの便りをクレッカーの職場に持ってきていた。
クレッカーは職場を移ったばかりだった。それもグレゴリー大臣がクレッカーに頭を冷やさせるためにわざと職場を変えさせたとのことだった。
カレンはただでさえ神経が薄弱気味のところへ、見慣れぬ場所ということで、完全に迷ってしまった。
カレンは地図に集中しすぎて、周囲に人気がなくなるような奥まったところへ来てしまったことに気づいていなかった。
最近カレンはこういうことが増えていた。
カレンが周りに注意を向けられるようになった頃には、書庫や倉庫が並ぶ薄暗いところにいた。
「あ、しまった…」
カレンは思った。
とりあえず、せめて人の声がする方へと、建物の中をうろつき回って、ようやくカレンは人影を見つけた。
「すみません! ここはどこですか!」
カレンは心細すぎて、思わず状況を考えずに声を上げた。
話しかけられた二人はぎょっとした顔をした。
人がいると思っていなかったのと、声をかけてきた人が、姿ばかりは小綺麗に整えた可愛らしい女の人だったからだ。
魔術管理本部のこんな奥深くには、しみったれた顔のヨレヨレの服を着た専門官くらいしか訪れないのだ。
「あれ?」
とカレンは思った。
冷静になってきて、カレンは声をかけたことを後悔した。
二人の男女は顔をくっつけるほど親密に、ひそひそ話をしていたように見えたからだ。しかも男の方は女の腰に手を回していた。
「すみません、私…」
カレンは謝った。
「あ、いえいえ、だいじょうぶ。こんなところにあなたみたいな綺麗な人がいるとは」
男の方が笑顔になって言った。
え、そんなこと彼女の前で言っていいの? とカレンは思った。
しかし、気を取り直して、
「迷ったんです」
と恥ずかしそうに言った。
「でしょうねえ」
と男は苦笑しながら言った。
「アデル、続きは今度。俺はこの綺麗なお嬢さんを送り届けるから」
男の方はアデルと呼ばれた女に向かって言った。
「ああ」
アデルと呼ばれた女はぶっきらぼうに答えた。
その返答が短すぎて、カレンにはアデルが邪魔されて怒っているのか、気にしていないのか、分からなかった。
カレンは泣きたい気持ちになって
「本当にすみません」
とアデルに向かって謝った。
アデルはカレンの気持ちに気づいたようだった。
「ああ、気にしないでくれ、だいじょうぶ。私たちの用件はたいしたことじゃない」
アデルは無愛想ながらも、ゆっくりと丁寧な口調で言った。
「おいっ! たいしたことないとか言うな! 俺の渾身のアイデアを!」
男の方はアデルに向かって怒って言った。
「あれが渾身の? 出直せ」
アデルは男の方を見もせずに言った。
「はあ〜? おまえに相談したのが間違いだったわ!」
男の方はそっぽ向いた。
それから慌ててカレンの方を向いた。
「ごめんごめん、気になるよね。こんな陰気くさいところで男女が二人きりで話してたらさ」
アデルは男を一瞥してからカレンの方を向いて、
「本当にあんたは私の邪魔しちゃいない。邪魔なのはむしろこの男だから」
と言って、自分はさっさと書庫に入っていった。
「言い草!」
男はアデルの後ろ姿に向かって怒鳴った。
それからカレンの方を向いて、
「感じ悪いよねえ。でも気にしないで。あいつ誰にでもああだから」
と言った。
それから人懐っこい笑顔を浮かべて、
「俺ダミアン。君、名前は何ていうの?」
と聞いた。
「私はカレン」
「そっか、カレンね。こんなところ来ちゃって焦ったでしょ?」
ダミアンは笑った。
「はい。人気もないし暗いし広いし、もう生きて帰れないかと一瞬思いました」
カレンは素直に答えた。
「だよねえ。なんで逆にあんなとこまで来れたのかと思います」
ダミアンは笑顔を崩さず言った。
「あそこは何ですか?」
カレンは純粋に聞いた。
「魔術の古い資料や研究の膨大な歴史が納まっています。どんな新しい魔術も、過去の積み重ねの上で作った方が簡単ですから、私なんかはよく文献探しに訪れます。私は魔術を作るのが得意なんです」
ダミアンが少し真面目な口調で答えた。
「さっきの方は?」
カレンは聞いた。
「あーアデル? あいつも同じ。波の特性使うのが得意で、魔術をいくつも発明、改良してる。あー見えてすごいやつなんだ」
ダミアンはアデルを尊敬する気持ちを隠さずに言った。
「そうなんですね」
カレンはアデルの姿を思い出した。
ダミアンはぼんやりした様子のカレンを見た。髪や服は整えられていたが、目に生気が乏しく、肌もくすんだ印象を与えた。
「ねえ、余計なお世話かもだけど、疲れてる?」
「え? 分かります?」
カレンは急に聞かれて驚いた。
「うーん、顔に出てる。でも理由までは分かんないけどね。あ、肩凝りマッサージと一緒と思ってくれたらいいんで」
ダミアンはカレンの肩に触れた。ダミアンの掌から熱が流れ込んできた。それから一瞬だけピリッとして全身の活動がほんの一瞬だけ止まった気がした。その途端、全身の緊張がほぐれた気がして、カレンは自分は緊張していたんだなと思った。
それからダミアンはカレンのおでこに右手の指をくっつけた。ゆらゆらした気分の高揚を感じた。
「ありがとうございます。何か体が軽くなりました」
カレンは目を輝かせた。
「よかった。さっきはひどい顔してたもん」
ダミアンはにっこりした。
「すみません、ちょっとここんとこしんどくて。人に親切にしてもらえて、なんか泣きそうです」
「泣いていいよ。魔術よりよっぽど泣いた方がスッキリするかもね」
ダミアンはふふっと笑った。
カレンはほっとして微笑んだ。
「なんでこんなに優しくしてくれるんですか?」
「えー? 俺の下心が女の子に優しくしろと」
ダミアンは真顔で言った。
「もー嘘ばっかり。でも、泣いていいなんて言ってくれる人いなかったな」
カレンは呟いた。
「よし、じゃあ、今日は俺の胸で泣け!」
「いや、いらないです。アデルさんに怒られる」
カレンは丁重に断った。
「は? なんで?」
「彼女でしょ?」
カレンは何をバカなといった顔で言った。
「は? やめて、違うよ! あいつが女とかマジないし! いや、まてよ。女だったらよかったと思ったことは何度もあったな。理不尽すぎて」
ダミアンは哲学的な悩みにハマったように、ブツブツ呟いた。
「腰に手を回してましたよね」
カレンは念を押すように言った。
「あー…… そんなことしてた? 無意識は怖い…」
それからダミアンは頭を抱えながら言った。
「あいつ、物理的に捕まえないと人の話聞かないんだよ。そのせいで俺、歴代彼女に誤解されて振られまくりなんだ」
ダミアンはため息をついて言った。
「物理的に…」
そう言いながら、カレンは、決してそれだけではないダミアンの気持ちもあるだろうと思った。
「あ、ごめん、そこは仕方ないんだ。あいつ、魔術研究に全振りした結果というか。ちょっと人付き合いが苦手というか、人に興味がないというか」
ダミアンの方はカレンの考えに気づかず、アデルという人物を説明した。
カレンはそういうことでいいやと思った。
「あ、なんか天才とかにそういう人いますよね」
「分かってくれる? でも、あいつの性格に俺のプライベートが引き摺られるって理不尽……」
ダミアンの物言いに、カレンは苦笑
ダミアンは急にハッとして、
「それはそうと、カレンはどこ行こうとしてたの?」
と聞いた。
「クレッカーさんのところです」
ダミアンは「え」とちょっと止まった。
何か思うところがあるようだった。
が、気を取り直して
「オッケー、連れて行くよ。彼、部署変わったんだ。今は俺と同じ、魔術開発部門だから」
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