20. カレンの記憶 〜カレンから見た王都の政権交代劇〜
数年前、王都にいた頃、カレンはいつも流行を少し取り入れた服を着ていた。
メイクはナチュラルに清潔感を保つために施し、髪もきっちりとしながらも適度に緩くセットして、仕事に出た。
女の身だしなみというものは、言葉よりもよっぽど雄弁にその人となりを表すようだ。
実際、カレンの仕事ぶりは主人によく認められていた。
仕事はたいていグレゴリー大臣と大臣夫人の手紙を運ぶもので、その相手は多岐に渡った。
抹籍の秘書官のようなものである。
しかし、正式な秘書官と違い、カレンはプライベートよりの手紙の伝達が多かった。
そこで、よりグレゴリー大臣や大臣夫人の、生の顔を反映するものであるから、カレンはその身なりや所作には気を遣うものがあった。
手紙の届け先の中でも、カレンは、まだ一魔術師でしかなかったクレッカーのことを、よく覚えていた。
クレッカーは堅物で、あまり人と馴れ合うことをせず、冗談なども言わない男だった。
そこで、正直人に緊張感を与えることが多かった。
しかし、クラッカーはカレンに、いつもたいへん丁寧に対応してくれた。
まるでカレンを大臣夫人そのものかのように扱い、決してぞんざいな態度は見せなかった。
(これに関しては、後ほど、ちゃんと別の理由があることが分かったのだが。)
自然とカレンもクレッカーに好意を持った。
たびたびグレゴリー大臣夫人に、クレッカーがいかに素晴らしい心配りの持ち主かということを披露することもあった。
グレゴリー大臣夫人も、徐々にクレッカーに対する態度が、多少柔らかくなった気がする。
そのことは、グレゴリー大臣夫人からの便りにも表れていたようだった。
クレッカーはたまにカレンに、「あなたが、大臣夫人に私のことを少し良く話してくださったんですね」と感謝の言葉を口にすることがあった。
カレンは人と人との心を繋ぐ仕事ができたように感じ、自分の仕事とその成果を、ささやかながら誇りに思ったものだった。
そうすると、カレンはますます仕事に精を出すようになり、カレンは善意の糊のように、人と人との関係をくっつけて回った。
カレンはグレゴリー大臣夫人の周りで、少し評判になったのである。
しかし、グレゴリー大臣夫人とクレッカーの間はうまくいっても、グレゴリー大臣とクレッカーの間のやりとりは、どうも険悪なものになっていったようだった。
クレッカーは終始カレンに丁寧で穏やかだったが、時にグレゴリー大臣は、クレッカーからの書をカレンから引ったくるように取り上げて読んだり、読みながら舌打ちすることがあった。
グレゴリー大臣はもちろん、クレッカーのことは何一つカレンに言わなかった。
しかし、グレゴリー大臣のただならぬ様子を見るにつけ、クレッカーがグレゴリー大臣にとって何か良くないことを言ってきていることは、カレンにも容易に想像できた。
カレンはだんだんグレゴリー大臣の機嫌の悪さの原因が自分にあるかのように錯覚した。
錯覚、した。
それはひどくカレンの心を乱した。
グレゴリー大臣に呼ばれると緊張が走るようになった。
と同時に、強い責任感も生まれていた。
カレンは、なぜか投げ出してはいけないように感じたのである。
実際には、
グレゴリー大臣とクレッカーのやり取りは正式な秘書官が取り持つものではなかったので、非公式なやり取りだった。
そしてらクレッカーはその時まだ何者でもなく、一介の魔術師に過ぎなかった、のに。
カレンが、なぜか仕事に強く心が縛られていた時、地元では父の母が順番に亡くなった。
初めは母から連絡が、次はシャールから連絡がきた。
しかし、一人娘なのにカレンは村に帰らなかった。
帰れる、と思わなかった。
もちろんグレゴリー大臣も大臣夫人も、言えばカレンに休みをくれただろう。
休みどころか、見舞金も。
しかし、カレンは緊迫した毎日の中、父母のことが言えない気持ちになっていた。
結局、葬儀はシャールが手伝い、村で父母が親しくしてくれた人々に見送られて、無事行われたらしい。
村の人に慕われ、皆の面倒をよく見てくれるシャールに、カレンは心から感謝した。
グレゴリー大臣とクレッカーのやりとりはだいぶ長いこと続いていたが、やがてグレゴリー大臣がカレンに最後の仕事を頼んだ。
グレゴリー大臣は、クレッカーとのやり取りの中、未知の死病という大病を患ってしまったのだった。
グレゴリー大臣の最後の仕事は、クレッカーを病室に呼びつけることだった。
カレンはその時、病室に控えることはなかったので、グレゴリー大臣とクレッカーがどんな言葉を交わしたか分からない。
ただ、
「俺が死んで本望か。後釜はもうケイマンに決まっているそうだな。おまえはヤツと懇意にしている。俺が死んで、おまえはさぞやりやすくなるだろうな!」
というグレゴリー大臣の声だけが、閉まり際の病室の扉から漏れ聞こえた。
やがて数日のうちにグレゴリー大臣が亡くなった。
申し合わせがあったかのように、すぐに後任の大臣が就任し、クレッカーは魔術管理本部の長官になった。
これが今から一年くらい前のことだ。
体制が大きく変わり、新しい大臣とクレッカー長官を中心に王都が回っているような感じがした。
カレンはクレッカーに好意を持っていたが、生前のグレゴリー大臣のことを思うと、クレッカー長官になぜだか分からない不愉快さを感じるようになっていた。
クレッカー長官は相変わらずグレゴリー元大臣夫人に見舞いの便りを寄越していた。
政治上の対立はあれど、公式の秘書官を使った表立ったものではなかったし、グレゴリー夫人自体も政治とプライベートは別と考えているようだった。
グレゴリー夫人はクレッカー長官の見舞いを好意的に受け止めているようだった。
カレンは、生前のグレゴリー大臣を苦しめた者に複雑な思いはないのかと、グレゴリー夫人にはいささか不思議を感じたものだった。
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