2. 潜む者たち〜竜を集める魔術〜
アデルは人目を気にしながら汚い宿屋に入っていった。
ここは、ダミアンの潜伏先だ。
安い漆喰の外壁は色むらがあり、火も十分に灯っていないため暗かった。
あまり女が一人で来るような場所ではない。アデルは立て付けが悪く暗い扉を開けて宿屋に入ると、一番奥の部屋をノックした。
「ダミアン、調子はどうだ? 相変わらずモグラみたいだな」
狭苦しい部屋の片隅の机でダミアンと呼ばれた男は本に埋もれていた。
「モグラとか言うな。まだいい案が思いつかないよ。まあ簡単に思いつくようなら、とっくに誰が開発してるけどさ」
「そうだな」
アデルは苦笑して、ダミアンの目を通している本を肩越しに覗き込んだ。アデルの美しい栗色の髪がダミアンの肩に触れた。
「ちょっとアデル、近い、近い。セクハラ! こーゆー状況だとおまえみたいなのでも女に見えるからやめろ!」
ダミアンは顔をしかめて、アデルから距離を取ろうと体を捻った。
「え、そうか? 昔からおまえ距離近かったろう。というか、昔から私は女だ」
アデルはムッとして言った。
「おまえのこと女だと思ったことねーよ。つーか、お前が人の話聞かないから、用事あるとき腕捕まえてただけで」
「そうだったのか。じゃあ悪かったな」
アデルは口先で謝った。
そして
「その本の中身は?」
と聞いた。
ダミアンは顔を上げた。
「普通の竜の生態についての記述本。こういうのって、古い本の方が詳しいよね」
「それは同感だな」
「でも今となっては当たり前のこととかも書いてるから長いんだよね。時間かかる」
ダミアンはうんざりといった様子でため息をつきながら言った。
「あんまり根つめるなよ」
アデルは諭すように言った。ここのところダミアンが睡眠をあまり取っていない事を知っていた。
「んー。でも俺、本と女に関しては、常に短期決戦タイプだから」
ダミアンが適当に言った。
「意味が分からない」
アデルが呆れた顔をした。
「気にすんな、俺はてきとー人間だ。どの本も、どの女の子も、当たりかもと思っちゃって止まらない、それだけだ」
「後半の全力投球は正しいのか? お前、子供いるだろ」
「正しいよ。だから奥さんもらえて、子供が産まれたわけ」
ダミアンが満足そうに笑った。だがすぐ皮肉そうな顔をして、
「まあ子供には会ったことないけどな」
とアデルに聞こえないように呟いた。
聞こえなかったアデルはうんざりした顔を崩すことなくそっぽを向いた。
「勝手にしろよ、女好きめ。だが竜の方は… いや、もう竜の方も好きにしろ」
「あー! すぐそういう突き放した言い方する!」
ダミアンが口を尖らせた。アデルは笑った。少し空気がほぐれた。
「そっちはどうなんだよ」
アデルの笑った顔を横目に見ながら、ダミアンが聞いた。
「こっちも進展がない。あちこちで噂集めてるが、有力情報は今のところ全くないな」
アデルは答えた。
「まーねえ。うちらは自分たちの興味のことばっかりで、他の部署のことほとんど知らなかったからね。もう少し他部署の連中にもコネ作っとくべきだったよ」
ダミアンは自嘲気味に笑って言った。
「だけど相手も待っちゃくれないぞ。もう大臣が殺されてるんだ。他にもあの魔術が使われてるかもしれないんだから。早いとこ何とかしなきゃ」
ダミアンの言葉にアデルは「分かっている」と短く頷いた。
それからダミアンはアデルに
「俺たちの追っ手の方はどうなの?」
と聞いた。
「とりあえず、この一週間は誰もやられてない。だがヒヤリとしたことは何度かあったようだ。ケイトが情報を集めるために話しかけようとした相手が向こうの潜入捜査員だったり」
「え!? どうやって気づいたの、それ」
「本当に運が良かった。ケイトが話しかける前に別の男がその相手に話しかけたそうだ。内容から魔術管理本部の者だって分かったそうだ」
「あっぶな! 肝冷えるわ」
「ああ」
アデルは大きく息を吐いた。
本当に良かった。クレッカー長官に追われて身を潜めて一年。
クレッカー長官が放った追っ手のせいで、一緒に逃げた20人の同僚のうち、すでにもう5人が殺された。そして、5人が行動を別にすることを決めた。この5人は、ただもうクレッカー長官が恐ろしく、隠れて暮らすという。
アデルは小さい窓から外を眺めた。
ダミアンはそんなアデルをチラッと見て、また本に目をやった。アデルはこの部屋でいつも少し考え事をする。この部屋はアデルを落ち着かせるのかもしれない。そんな時いつもダミアンはアデルを放っておく。ダミアンも考え事をしているアデルがそばにいると安心して自分の時間に集中できた。
静かな時間が流れた。
「あ…… 」
突然ダミアンが呟いた。アデルは振り返ってダミアンを見た。
「これ使えるかも」
ダミアンの動悸が急激に激しくなった。
興奮して本をめくろうとするが、震える指でうまくページがめくれない。アデルが駆け寄ってすぐにダミアンの望んだページを開いてやった。
ダミアンの額から汗が噴き出した。前のページに後ろのページと何度も行き来して、同じ箇所を何度も何度も読んだ。
「やべ、きた。これでいける」
ダミアンが口にしたことにも気づかない風に呟いた。
「いけるか」
すぐ横でアデルは聞いた。
「竜のこの習性使えば、竜を集められる」
「そうか」
アデルの顔が引き締まった。
ダミアンは興奮冷めやらぬ様子で、ノートに膨大に何かを書き出した。もはやアデルには目もくれなかった。
その様子に、アデルはふと昔の同僚のマルティスを思い出した。
竜を操る魔術だよ、マルティス。市民にも一定の被害が出るだろうな。承知で使う。私たちもしょせんおまえと変わらないのだ。
アデルはダミアンが机にかじりついているのをずっと眺めていた。新しいものを生み出される尊い光景だった。
「アデル、先にお前には伝えとく。要点はこんな感じ」
ダミアンは細かい字でびっしりと書き込まれた紙をアデルに渡した。
「明日には皆に話す。みんなひれ伏すぞ」
ダミアンの顔には自信が溢れていた。アデルもそんなダミアンの様子を誇らしげに見つめた。
「そうだな。だが、ほどほどにしろよ」
アデルは大事そうに紙を受け取った。
ダミアンはニヤリと笑ってまた机に向かった。アデルはそんなダミアンの様子をしばらく眺めていたが、満足そうな笑みを浮かべてそっと部屋を後にした。
ダミアンはやることをやった。これで竜が使える。一歩近づいたな。アデルはダミアンが誇らしくて仕方がなかった。自分の隠家へ戻る足取りがいつもより軽かった。
ダミアンも、今日の成果に満足していた。
しかし、ダミアンは満足し過ぎていたようだ。
だから、今まさに、まさにらこれから、忍び寄ろうとする死の気配を感じることができなかった。
薄汚い宿屋の外で、黒髪と金髪の二人の魔術師が、気配を消しながら、様子を窺うようにダミアンの部屋を窓の下から眺めていることに、ダミアンは気づかなかった。
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