19. 手紙 〜女の決意〜
カレンの家の扉の前で何度も呼んだが応答がないので、シャールは嫌な予感がどんどん湧き上がってくるのを感じた。
待つ時間も危険に感じ、「すまん、入るよ」と言いながらシャールは無断でカレンの家の中に入った。
「カレン、だいじょうぶか!?」
夕方の薄暗い部屋でシャールは声を上げた。
「シャール……」
土気色の顔で椅子に座り、だらりと膝の上に置いた腕に赤ん坊をただ載せたカレンを見て、シャールはあの手紙の内容がやはりよくないものだったとすぐに分かった。
「カレン、やっぱり。何か書いてあったんだな」
「夫が、ダミアンが、死んだって。私、どうしたら」
「な、なんだって?」
シャールは絶句した。
それから自身の気を落ち着かせるように一度宙を仰ぐと、それからカレンの目をしっかりと見た。
「だいじょうぶ。カレン、だいじょうぶだ。カレンならしっかりやれる」
カレンは手で顔を覆ったきり何も答えなかった。
「どういう風に亡くなったんだ?」
とシャールは聞いた。
「何も書いてない」
カレンは手紙をシャールに見せた。
シャールは怒りが込み上げてきた。
ダミアンが死んだこと以外、ほとんど何も書かれていなかった。
「なんて失礼な手紙なんだ」
シャールの低い声にカレンも下を向いたまま頷いた。
「今読んだところか?」
とシャールがカレンに聞くと、カレンは首を縦に振った。
「じゃ、まず、魔術管理本部に連絡しよう。まずはこの手紙の内容が本当かどうか確かめなければ。もし本当なら、どういう風に亡くなったかとか、できる限りを聞こう」
シャールはカレンを励ますように言った。
「はい」
カレンはやっと濡れた目をシャールに向けた。
「それからダミアンの遺体があるか、遺品があるか、も聞かないといけないかな」
シャールはカレンに確認するように聞いた。
「はい」
カレンは頷いた。
シャールはふうっと息を吐いた。
そして
「はたして罪状と関係あるのか、だ」
と呟いた。
カレンはそのシャールの言葉に、赤ん坊を強く抱きしめて泣き声を出した。
「やっぱり消されたとか、そういうことなのかしら。だってダミアンの関係者はみんな生きては捕まってないのよ」
「カレン。そんなこと言っても仕方ないよ。俺たちには分からないことなんだから」
シャールが嗜めるように言うと、カレンは口をギュッとつぐんだ。
シャールも心苦しそうに目を閉じた。
それから気を取り直して
「葬儀はするかい?」
と聞いた。
カレンは一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐに首を横に振った。
「ダミアンの遺体が帰ってきたらにするわ」
「ダミアンのご両親は?」
とシャールは聞いた。
「あの人も私と一緒なの。両親共に亡くなっているわ」
二人は黙った。
カレンが何か考えに耽っているので、シャールは心配そうにカレンを眺めた。
カレンはだいぶ打ちのめされている。もし、最悪のことをカレンが考えていたら。
しかし、思ったよりしっかりした声で、カレンは口を開いた。
「シャール、私、ダミアンが死ななければならなかった理由を知りたいわ」
シャールははっとしてカレンを見た。
「うん。カレンは知る権利があると思う」
「私が前に進むには何か目標があった方がいいかもしれないし」
カレンは少し声が小さくなった。
「いや、とても、いいと思う。何か考えがあるの?」
シャールは励ますように聞いた。
「シャール、あなたに手紙を託したと言う二人の魔術師は何か知ってそう?」
カレンの言葉にシャールは首を横に振った。
「それが、先輩に頼まれたとかで、あんまり知らなさそうだった」
「そうなの?」
「とぼけてるだけかもしれないけどね。とぼけてるんだとしたら、余計言わないさ」
シャールは期待できなさそうな口調で答えた。
「そっか。じゃあ私、直接魔術管理本部に行ってみるわ。知り合いがいなくもないから」
カレンの頭にはクレッカー長官の顔が浮かんでいた。
そして、
「ダミアンを殺した者も分かれば、ね」
とシャールには聞こえないように呟いた。
絶対に、絶対に、白日の下に晒してやる。
「すぐにでも発つわ」
カレンはハッキリと言った。
「そうか。赤ん坊はどうする」
シャールは聞いた。
「もちろん連れて行くわよ」
カレンは当たり前のように答えた。
「だいじょうぶか? 赤ん坊、たぶん村の者で面倒見てもらえるよう頼めると思うよ」
シャールは王都に小さな赤ん坊を連れて行くカレンが少し心配だった。
「だいじょうぶ。私が子供と離れるなんて無理だもの。それにこの子の父親のことだもの、赤ん坊とはいえ、この子も知る権利があるわ」
カレンは揺るぎない声で言った。
「そうか、わかった。だが、困ったら言ってくれ、できることがあったら協力するから」
とシャールは念を押した。
「ありがとう」
カレンはシャールに頭を下げた。
先程部屋に来た時よりは前向きな顔をしているカレンを見て、シャールは少し安堵した。
カレンがダミアンの後を追うような最悪の事態はなさそうだ。
シャールは以前の鬱っぽかったカレンを心配していた。
だが目的をはっきり決めて行動しようとするカレンにその心配はなさそうだった。
もちろん、予断は許さないが。
「カレン、お前には村のみんながついてる。何度も言うが、だいじょうぶだからな」
シャールは大事なことなのでもう一度言った。
「ええ、ありがとう」
カレンは微笑んだ。
シャールには腑に落ちないことがあった。
なぜロベルトとエドワードは、こんな薄っぺらな手紙ですら、自分たちで直接カレンに渡すのを躊躇ったのか?
この村まで来ておいて。
最後の最後で気が引けたのか?
ということは……。
一番嫌なことを考えるなら、ロベルトとエドワードが、ダミアンに関して手を下したということだ。
俺は人殺しを家に泊めているのか?
先刻、ロベルトは「俺たちは碌でもない人間だ、妹を近づけるな」と言った。
いやまさか、そんな。考えすぎだ。
一抹の不安を残したまま、シャールは嫌な予感を頭から振り払おうとした。
とにかくカレンだ。彼女を支えなければ。
ブックマーク本当にどうもありがとうございました!感激しております。絶対にもっと面白い小説にしていこうと、とても励みになりました。今後ともどうぞよろしくお願い致します!