18. 監視 〜生きては捕らえられない者たち〜
カレンの家から帰ると、シャールは家の庭でロベルトの姿を見つけた。
シャールはロベルトはいったい何をしているのだろうと、一瞬立ちすくんだ。
しかしロベルトはシャールの家の門の前の木陰で、木にもたれてただ座っていた。
ロベルトはシャールの姿を認めると立ち上がって微笑んだ。
「シャール、いい天気だね」
「ロベルト、何でここに?」
シャールが怪訝そうな顔をした。
「別に。いい天気だったから、日向ぼっこをね」
とロベルトが笑顔のまま言った。
シャールはなんとなく腑に落ちない顔をしてロベルトを見た。
「そうだ、あの王都で会った日、あの後エミリアが愚痴っていたよ。あなたが全くなびかないって」
「なびくって。私とエミリア様では身分が違いますからね」
とシャールは冷静に言った。
「何言ってるんです。あなたはもう名誉市民みたいなものでしょう?」
とロベルトが笑って言った。
「何ですか、名誉市民って。ああ、竜の薬ですか? そんなものがあるとしたらリーナですよ。リーナが作ったんだから」
とシャールは答えた。
「そう? リーナに薬を売る才覚はないし、安全警備本部が竜避けの薬を使えるのはシャールのおかげだと思うけどな」
と、ロベルトは言った。
「だとしても、私はただの薬売りです」
シャールはうんざりした顔をした。
「へえ。じゃあ、エミリアになびかないのは、身分のせいだって言うの?」
とロベルトは急に冷たく言った。
シャールはハッとした。それからバツが悪い顔をした。
「それは、すみません。私が悪かったです。身分のせい、は言い訳ですね」
それからシャールは真面目な目をしてロベルトの方をきちんと向いた。
「私には想っている人がいるんです」
シャールの言葉にロベルトはふっと笑った。
「そっか。でももったいなくない? エミリアのお父さんは魔術管理本部の人事のトップだよ」
シャールはロベルトの言葉にむっとした。
「浅ましい。私は魔術師じゃないから関係ないです」
「そっか……。じゃあエミリアにもそれとなく伝えておくよ」
ロベルトは納得したように頷いた。
「ロベルトは、何かエミリアから言われたんですか?」
思いの外、ロベルトが真面目にエミリアを気にかけた口調だったので、シャールは聞いた。
「いや、特には。だがエミリアは幼馴染の可愛い妹みたいなもんだからね。俺だって、あいつには幸せになってもらいたいのさ」
ロベルトはゆっくりと言った。
「あなたは何を考えているか分からないような人なのに、こうして情に厚いところもあるんですね」
とシャールはやや意外そうに言った。
「失礼なヤツだな」
ロベルトは呆れ顔で言った。
「いえ。エミリアも…良かったと思って。立派なお父上様と優秀幼馴染のあなたがいたら、まっすぐ歩んでいけるな、と」
ロベルトはシャールの言葉にビクっと反応した。
「どういう意味だ?」
ロベルトは思わず声を荒げたが、ハッとしてすぐに気を収めた。
それからロベルトは気を取り直して、
「えっと、手紙、カレン・ホースに渡してくれましたか?」
と聞いた。
シャールは、なるほど、と思った。
こんなところでロベルトがわざわざ自分と二人で話そうとしているのだから、そちらが本題のはずだ。
「渡しましたよ。何も監視しなくてもいいじゃないですか」
とシャールはロベルトを軽く睨んだ。
「彼女、手紙、読みましたか?」
ロベルトはそこが知りたかった。
「いや、恐らく、これから」
「そうですか」
ロベルトは小さくため息をついた。
「ロベルト、あなた何なんです? 渡したところを確認に来るくらいなら、あなたご自分で渡せばいいじゃないですか」
シャールはロベルトに疑問をぶつけた。
ロベルトは険しい顔になり、一度大きく頷いてから、
「私にこの仕事を押し付けた人は大事な先輩なので、きちんと遂行しなけりゃならないんです」
ロベルトの言葉にシャールは苛ついた。
「そういうことじゃない! なぜ自分で渡さないかと聞いてるんです!」
ロベルトは、ああ、そういうこと、といった顔をした。
「もちろん私は自分で渡してもいいかなと思ったんですが、エドワードの手前、ね」
「エドワードの手前?」
シャールは聞き返した。
「ええ。あいつは自分では渡せないって。俺は腐ってるけど、あいつはいいヤツなんです」
ロベルトは答えた。
シャールはロベルトの言葉に嫌気がさして首を横に振った。
「あなたが何言ってるか、私にはさっぱり分かりませんよ。じゃあ、何でエドワードは自分では渡せないんです?」
ロベルトは止まった。じっとシャールを見たまま答えなかった。
ロベルトの黒髪が風に揺れた。黒い瞳は闇を吸い込んだように表情をなくしていた。
シャールは王都で初めてロベルトとエドワードに会った日のことを思い出した。
それまでロベルトとエドワードは国境付近の地方都市にいた、と言った。魔術関係者の件だとのことだった。
カレンの夫のダミアンは、確か魔術師だったはずだ。
嫌な予感がした。
シャールは、カレンの打ちひしがれた顔を思い出した。
数ヶ月前、赤ん坊を抱いて村に帰ってきたとき、カレンはやつれていた。何年も会っていなかったが、大人になっただけとは言えない程、カレンは傷ついていた。
カレンを置いて消えた魔術師の夫は罪人だという話だった。
しかし、カレンの夫の仲間は誰一人として生きて捕らえられず、裁判がないため、詳細は不明のままだ。
生きては捕らえられず……
シャールはどきっとした。
もしや、手紙の内容は…
「シャール、これからカレンのそばにいてやってよ。勘のいいあなたなら分かるだろ」
気遣う言葉なのに、ロベルトの顔は無表情だった。
シャールはぞっとした。
すぐにカレンの元に戻らなければと思った。
「分かりました」
シャールが踵を返して戻ろうとすると、ロベルトがシャールの背後から言った。
「あとさ、シャール。エドワードがリーナに懐いてる。でも俺とエドワードは碌でもない人間だ。あんまり近づけない方がいいぞ」
シャールはロベルトの言葉に歯軋りをした。
「分かっているさ、あんたたちが碌でもない人間だということぐらい!」
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