17. カレン・ホース 〜夫への気持ち〜
「カレン、いるかい?」
シャールはカレンの寂しげな家を訪ねた。
家の中からカレンが出てきた。
「ああ、シャール。だいぶお久しぶりね。どうぞ、中入って下さい」
カレンは手招きしてシャールを促した。
「赤ちゃんは?」
シャールは気を遣って小さい声で聞いた。
「寝たところです。ちょうど良かったわ」
カレンは安堵の微笑みを見せた。
殺風景ながらあちこち子供の物でとっ散らかった部屋にシャールは足を踏み入れた。
「散らかっててごめんなさいね。その辺座って下さい。今お茶淹れますから」
とカレンは言った。
「いや、お茶とかいいよ。長居するつもりじゃないんだ」
とシャールは言った。
カレンは、ではどういうつもりなのだろう、とシャールの顔を見たが、とりあえずシャールを居間に通し、椅子を勧めた。
「カレン、一人でだいじょうぶ? お父さんお母さん亡くなってるよね」
シャールは片付かない部屋を眺めながら、心配そうに聞いた。
「その節は、本当にお世話になりました。お父さん亡くなって、それからお母さん亡くなって。一人娘の私が王都から帰らなかったから、お葬式やってくれたのよね」
カレンはとても苦しそうに、言いにくそうに言った。
「もう、それ何度も聞いたよ。何回お礼を言うの。あの時はカレンも忙しかったんだから仕方ないでしょ」
シャールはカレンを嗜めた。
「ひどい娘だと思ってるでしょう?」
カレンは目を伏せた。
「だから、仕方なかったんだ。皆分かってるよ。だいじょうぶだから」
シャールは優しく言った。
そしてシャールは
「それより、気分の方はどうなの? 鬱って言うのかな?」
と続けた。
「鬱って……」
「それだと思うよ。専門家じゃないから分からないけど。ま、何かあったらちゃんと俺を呼んで」
とシャールは言った。
「シャール…… あなた本当に、優しいのね」
「これでも同級生のこと心配してんだからね」
シャールはふうっと息を吐いた。
「私、王都に憧れて出ちゃって、ちっとも地元に帰らなかったのに」
とカレンは言った。
「それでも、今はこの家に帰ってきたでしょ。お父さんもお母さんも喜んでるよ」
とシャールは言った。
「シャール。あなた、本当にあれこれ、この村の皆に気を配って」
「そんなことないよ。できることしかできないし。俺もみんなに助けてもらってるからね」
カレンはシャールを感謝の目で見た。
「王都にずっと住んでたけど、子供が授かって一人になって、どーしようって思った時、やっぱり生まれ故郷に帰りたくなった。帰ってきて良かった」
シャールは微笑んだ。
「旦那さんから連絡は?」
「ありません。何か悪いことしたとかで、いきなり消えてもう一年。もうあまり期待しない方がいいかもしれないわ」
カレンは首を振った。
「そんな… 弱気にならないで…」
とシャールは励ました。
「この子に会ったこともない。手紙も寄越さない。もう私たちは捨てられたのかも」
カレンは下を向いた。
「何か理由があるんだよ」
シャールは慌てて言った。カレンに悪い想像をしてもらいたくなかった。
「いえ。悪いことしたなら、罪を認めて償えばいいじゃないですか。何で逃げて隠れるの? 罪を償って堂々と私たちに会いに来てくれたらいいのに」
カレンの頬を涙が伝った。
「それを望んでるんだね」
シャールは言った。
「ええ。この気持ちがダミアンに届けばいいのに。私たちはずっと待ってるって。帰ってきてって」
カレンはしばらくしゃくりあげて泣いた。
「そうだね、届いて欲しいね」
シャールは頷いた。
「ごめん、カレン、泣かすつもりはなかったんだけど」
「ううん、シャール、私の方こそごめんなさい。泣きたかったから」
「そっか、それならよかった」
シャールは、カレンが泣き終わるまで下を向いて黙った。
カレンは暫く、しくしくとしていたが、やがてハンカチを口に当てて嗚咽を飲み込んだ。
しばらくしてからカレンが、
「リーナはどうしてますか?」
と聞いた。
「元気にしてますよ」
シャールは苦笑いした。
「相変わらず?」
カレンは聞いた。
「そう。相変わらず、薬作ってます」
シャールは言った。
カレンは微笑んだ。
「リーナが変わらないと安心するわ」
「何それ。さすがにもう小さな女の子じゃないよ」
シャールも笑った。
「そうね。で、あなたは、リーナには気持ちは伝えないの?」
カレンの言葉にシャールは一瞬止まった。
「伝えないよ。まだ」
シャールは自嘲気味に言った。
「何で?」
カレンが聞く。
「まずは、リーナが俺がいいって思ってくれないとね」
それはシャールの心の底からの願いだった。
カレンはシャールの言葉に微笑んだ。
「そうね。でも安心して。リーナの理解者なんてあなたくらいよ」
「うん。まあ、だから、今リーナにその気がないのがよく分かる」
シャールは辛そうに言った。
「そっか」
カレンは呟いた。
「いつか俺を男として見てくれる日がくればいいんどけどね。ちょっとね、リーナにちょっかいを出しそうな男もいて」
シャールは少し弱音を言った。
「ええ! そうなの!? あのリーナに? 珍しいこともあるもんね」
カレンは驚いて、先ほどまでの湿っぽい空気はどこかにいってしまったようだった。
「カレン、それ、何か俺に刺さるんだけど」
シャールは呟いた。
「あ、ごめんなさい。でも驚いちゃって。そっか、あのリーナにねえ」
カレンは明るい声だった。
「そ。さすがにもう小さな女の子じゃないってこと」
シャールは弱々しく微笑んだ。
「何よ、シャール。それ、その男に負けそうってこと?」
カレンはシャールの様子を心配して言った。
「どうかな。こういうこと、俺苦手なんだ」
シャールは自嘲気味に笑った。
「そうね。ずっと、シャールはリーナだけを見てるのにね。……私はシャールにはうまくいって欲しいわ」
「ありがとう」
二人は黙った。
「そういえば、隣村に竜が出たのは知ってるな。ここもいつやられるかって話してる。何かあったらすぐ来いよ」
シャールは言った。
「竜? ああ、魔術師さんみたいな人が来てたのは、それね?」
カレンの言葉にシャールはぎょっとした。ロベルトとエドワードのことだろう。
「ええと、そうかな」
シャールはお茶を濁した。
そのとき赤ん坊のぐずり出す声がした。
「あれ、起きたんじゃない? ミルク? おしめ? 抱っこ? 何か手伝おうか?」
シャールが慌てて言った。
その言葉にカレンは悲しそうに微笑んだ。
「それ、あなたが言う? 今、ここに、ダミアンがいてくれたらってすごく思っちゃった。ダミアンとそういうことしたいのよ」
「あ、ごめんね。考えなしだった。じゃ、俺帰るよ」
シャールは謝った。
「うん。また来て。シャールと話せて安心した」
カレンはにっこりした。
「俺も」
シャールは腰を上げながら、
「あと、これが本当の要件。手紙預かってる。俺は中身は知らないけど、あんまり良い内容じゃなさそうだ。落ち着いたら読んでみて」
と、カレンに手紙を渡した。
カレンは不思議そうな顔をして手紙を受け取った。
「じゃあね、また」
シャールはうっすらと嫌な予感に包まれながら、カレンの家を後にした。
だが、その予感は当たることになる。
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