16. 魔術師の馬に乗せてもらい、鼠取りに行きました
エドワードは暇を持て余していた。
そこで馬を引いて、畑仕事をしているリーナのところへやってきた。
リーナの幼馴染のベナンはチラリとエドワードを見たが、エドワードのいかにも貴族の子息という風貌と自分の身なりとに大きな差を感じて落胆し、背を丸めてリーナとエドワードの間に割って入る事はしなかった。
「リーナ暇か? ちょっと離れたとこに新しい竜の営巣地を見つけたぜ。おまえの欲しい何とかって草が生えてるかも知んねーから連れてってやるよ」
とエドワードはリーナに話しかけた。
「え? どこ?」
思わずリーナは興味を惹かれた。
「馬じゃなきゃ行けないとこだから、乗せてやるよ」
エドワードは言った。
リーナは少し躊躇った。
前回の記憶が頭をよぎった。それから、シャールが「一人で行くな」と言っていたことを思い出した。
「ごめんなさい、エドワード様。リュウシソウ採りは自分で行く。危ないし」
「でもおまえ馬とか乗れんの? 歩いて行ける距離じゃねーよ」
エドワードは呆れ声で言った。
「でも…」
リーナは行きたいのはやまやまだが決心がつかなかった。
「歩ける範囲のはもう採れるだけ採っちゃったんだろ? こないだのも失敗して篭ごと失くしてたろーが」
とエドワードは言った。
確かに、薬玉はたくさん作りたいが原料がたくさん集められなくて困っていた。
むやみに採り尽くすわけにはいかないので、リーナがいつも採取する場所は決まった日だけにしていた。
「あ、うん…」
リーナは迷った。
「でも、危ないし…,..」
「こないだ俺、ちゃんと竜やっつけたじゃん? だいじょうぶだよ」
リーナが迷ってるのを察して、エドワードが優しく言った。
「えっと……」
リーナは決められずに困った。
「分かったよ。じゃあ、近くまで行ってみるだけならいーだろ。危なかったらやめよ」
エドワードは、それならいーだろ、というように笑った。
リーナはエドワードの優しさを感じた。なんて人。リーナは微笑んだ。
それを見てエドワードはにっこりした。
「じゃ乗りな」
「あ、でも、私馬とか初めてだから、ちょっと怖いかな」
リーナはエドワードに言った。
「あーそっか。でもまあだいじょうぶだろ。俺が乗せてくだけだし」
エドワードはにかっと笑った。
「本当にだいじょうぶ?」
「リーナ、すぐ慣れるよ」
「そう? 本当? 絶対?」
エドワードは心配そうなリーナの頭をぽんぽんと撫でた。
「ごめんなさい、じゃあ… ありがとう…」
リーナは不安そうな笑顔で答えて、エドワードの馬の背に乗せてもらった。
エドワードは腕の中にしっかりとリーナを抱き、
「あぶねーから俺にしっかり掴まっといてよ」
と言った。
リーナは幅の広いエドワードの胸板がすぐそばにきてドキドキした。
リーナが躊躇いながらもエドワードの胸元に手をやったのでエドワードは馬を走らせた。
「わあっ」
リーナはいきなり馬の背の上が揺れたので体勢を崩した。慌ててエドワードにしがみついた。
「おっと」
エドワードがリーナの腰回りに手をやりそっとサポートする。
「だいじょうぶ?」
エドワードは聞いた。
「あ、ご、ごめんなさい… 怖いので… あの、ちょっとこのままでもいいですか?」
リーナは青くなりながら答えた。
「ははは、丁寧語いらないよ。だいじょうぶだって、恥ずかしがらないで。しっかり掴まっといてって言ったでしょ」
エドワードはそのままリーナをしっかりと抱いた。
それからふとエドワードは、気軽に誘ったちゃったけど、これってデートになんのか?と思った。
いやいやいや、エドワードは首を振った。竜の営巣地に行くのに何がデートだよ。気い抜けば死ぬし。
リーナはエドワードの腕の中で体中が火照るのを感じた。
違う、馬が怖いだけで、意識するようなことじゃない。でもこんな風に男の人の腕を感じたのは初めてだった。上手に息ができてない気がした。
エドワードは黙ったまま馬を走らせた。確かに遠く、二人には大分長い時間が流れたように感じた。
しばらくして竜の営巣地に近づいたとき、エドワードは少しほっとした。
馬が歩調を緩めたので、リーナはエドワードの胸にうずめていた顔を上げた。
それに気づいてエドワードが
「もう顔あげていーよ。着いたよ」
と言った。
リーナは大きく息を吐いた。
エドワードは先に馬から降りるとリーナに手を貸し馬から降ろした。
二人は竜に気取られないよう身を隠しながらそっと様子を窺った。
その営巣地には三組ほどの竜の巣があった。たいへん運良く竜の姿は見えなかった。
「急いで採ってきます!」
リーナはさっきまでの怖さはどこへやら、勢いよく駆け出していった。
「おいっ、ちょっと待て!」
エドワードが怒鳴った。
しかしリーナは聞こえていないのか振り返りもしなかった。
「何あいつ、薬草前では別人格出るな。近くまで来るだけじゃなかったのかよ」
エドワードは呟いた。
エドワードは、自身は上手に馬を隠すと、リーナの後を追おうとした。
「来なくていいです!」
その時リーナがエドワードに大声を出した。
「おまえ、竜の巣で大声出すなよ。俺が手伝った方が早く済むだろ!」
とエドワードが言った。
「ダメです! 思ったより生えてない。採り尽くすと次がないし、採り方もあるから、素人は出てこないで!」
リーナは言い返した。
「おまえなあっ! さっきまでのしおらしさはどこいった!?」
エドワードは信じられないといった顔をしたが、リーナの言う通りに少し離れたところで待つことにした。
遠くからリーナを眺める。かがんで丁寧に草を摘むリーナの表情は真剣そのものだった。エドワードは微笑ましく思った。空は青空。
リーナは手際良くリュウシソウの葉を摘んでいった。この規模の群生だと篭一杯分で限度だろう。
リーナは顔を上げて額の汗を拭った。
三組ほどの竜の巣。でもこの営巣地ならもう少し生えていても良さそうなのに。
その時ふとリーナはこちらを窺う生き物の気配を感じた。
大きめのネズミだった。そういえばこのネズミ、他の場所でも見たことある。
そう、別の竜の営巣地で。
「エドワード!」
リーナは呼んだ。
「うわ、いつの間に呼び捨て!? はいはーい。どーしたの?」
エドワードが離れたところからのんびりと答える。
リーナはエドワードを見て聞いた。
「ネズミ捕まえたいんだけど、どうしたらいいか教えて」
「は? ネズミ?」
エドワードは思いがけない質問に戸惑いながら、リーナの側までやって来た。
ネズミは逃げたそうにしていたが、竜の営巣地のような開けた場所では隠れようがなく、様子を伺うようにじっとこちらを見ていた。
「これ?」
エドワードは聞いた。
「うん。これ」
リーナは答えた。
「簡単」
エドワードはヒョイっと拘束の魔術を使った。筋状の魔力があっという間にネズミを包んだ。
「え、今の何?」
リーナは驚いて聞いた。
「え? 魔術だけど」
エドワードが答える。
「あー! そっか、魔術師さんだったか! その手があったわね」
リーナはぽんと手を打った。
「もー俺のこと何だと思ってるの?」
エドワードはため息をついて、拘束されて動けなくなっているネズミをリーナの篭にそっと入れた。
「で、このネズミが何?」
エドワードは聞いた。
「竜の巣の近くに棲んでるネズミ。竜と共存できるってことは何かあるかなって」
リーナは答えた。
「何かって何さ?」
「何で竜に食べられないのか、よ」
リーナは言葉を絞り出すように言った。
エドワードはリーナが興奮を抑えているのを感じた。
「へー」
と言いながら微笑んで、それ以上は何も言わずに、リーナを馬に乗せると一目散に村へと馬を走らせた。
おもしれえ女だな、とエドワードは思っていた。
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