14. 嫌な頼まれごと〜俺が悪役になっても〜
シャールとリーナは、家でできる最高のご馳走を用意した。
使用人たちはテーブルにいっぱいの食事を並べ、何本もワインを運んだ。その様子にエドワードは素直に驚いた。
「へー、兄妹だけなのに人を雇えるほど裕福なんだな。例の薬で儲けてんのか?」
「え、お兄さん、そうなの? お金取り過ぎたらダメよ」
リーナは驚いて言った。シャールは笑って頷いた。
「分かってるよ。でも妹が家事が全くできないので、使用人を少し置くくらいは色つけさせてもらってます。薬草畑の手入れも妹一人じゃ終わりません」
「ちょっとお兄様、私が家事できないとか言わなくてもいいのに」
リーナは顔を赤らめて抗議した。
エドワードは笑った。
「おまえ汚ねーカッコしてるから、お嬢さんだとは思わなかったよ」
「エドワード様まで! 服とか別にどうでもいいじゃないですか」
リーナは何が悪いの、といった顔をした。
「いや、おまえ、年頃の女ならさ、髪結ったり、紅ひいたり、色々あんだろ」
「私、髪結って紅ひいて竜の巣に這っていくの?」
リーナはエドワードを睨んだ。
「ああ。竜の巣に這っていくのは外せないわけね。じゃあ竜に色目使っても仕方ねーしな」
エドワードは半分面白がってリーナをからかった。
「リーナは今のままでいいと思いますよ。それで新しい薬を作っていくんだから」
ロベルトは微笑んで言った。
「ほら、ロベルトは分かってくれる」
リーナはエドワードに言い返した。
シャールは何も言わずに食事を淡々と口に運びながら、調子良くリーナと話しているエドワードをチラと見た。
「聞きたかったんだけど、リーナは何で竜があの草を嫌うって分かったの?」
ロベルトは興味深そうに聞いた。
「最初は、この草、竜の営巣地でしか見なかったから気になって」
リーナは答えた。
「へえ?」
ロベルトは、それだけ?といった顔をした。
「あ、あと、単純に、竜が避けてるように見えたから」
リーナは慌てて付け加えた。
「ははっ、それは分かりやすい!」
ロベルトは笑った。
それからリーナは真面目な顔をした。
「あとは、竜の巣のそばって、たぶん他の草は住みたくないですよね。だって竜って火を吐くし、草踏み潰すし。なのにこの草はここにだけ生えている。何でかなって」
「なんでさ?」
エドワードが聞いた。
リーナは伝わるように言葉を探した。
「竜の巣の少し離れたところでこの草を探してみたの。一応見つかったんだけど、他の草に比べて成長が遅くて。他の草の陰になって枯れかけてた。この草は、他の場所じゃ生きられないのよ」
勘のいいロベルトはすぐに分かった。
「そっか、だからこの弱い草は、他の草のいない竜の巣の近くで、竜が嫌がる成分出して、何とか生きてるんだね」
リーナは自信はなさそうなものの、頷いた。
「へー、そーやって生き延びてんだ。弱いヤツの知恵? すごいじゃん」
エドワードも意外に話を聞いていた。
リーナは少し恥ずかしそうに、
「私はこの草、好きなの。そんな大きくもなれず地面に這いつくばってるんだけど。虫も来ないから綺麗な花も咲かせない。でも遮る物のない荒れ地で、太陽の光だけはしっかりと浴びて青々してる。地味だけど、本当は強い草」
と呟いた。
「いいね! 俺もそーゆーの好き」
エドワードが相槌を打った。
「え」
リーナが驚いた顔をした。
「見た目全然違うじゃない。エドワード様は派手で見るからに強いイケメン」
リーナが言った。
シャールがぴくっと微かに眉をしかめた。
それからリーナはロベルトを見て、
「ロベルト様もイケメンだけど…」
と言いかけて、リーナはしまったと思った。口が滑った。
ロベルト様は、一見穏やかそうだけど、氷のように冷たそうなイケメン。
リーナは続けられなかった。
「イケメンだけど……何?」
とロベルトが口元に笑みを浮かべて聞く。
目は笑っていなかった。リーナは少し背筋が凍る思いがした。
「そんなの決まってるじゃん。腹黒そう、でしょ?」
ありがたいことに、エドワードが間髪入れず、あっけらかんと言った。
リーナはほっとした。
ロベルトは、この流れなら、と目を細めた。そして
「ああ。真っ黒だよ」
とエドワードに同調した。
「悪いね。こいつは昔っから計算高いヤツなんだ」
エドワードがロベルトを指差しながら、シャールとリーナに苦笑して言った。リーナは「そんな事ないでしょう」なんて言っている。
ロベルトはこのタイミングだと思った。
「そうなんだよね。今回ここに泊めてもらうのも、理由があってね」
ロベルトは急に声色を変えて切り出した。
「リーナ。ねえ。カレン・ホースって知ってる?」
ロベルトが唐突に聞いた。
エドワードにはロベルトの言わんとしていることがすぐに分かった。
「ロベルト! やめろ」
エドワードがたしなめるように声を上げた。
ロベルトはそのエドワードを無視して続ける。
せっかくのタイミングだ。逃してなるものか。俺はおまえのために悪者になるのだというのに、エドワード。
ロベルトはリーナをじっと見ながら、ゆっくりと言った。
「カレン・ホース。この村に住んでる」
「ロベルト。リーナを巻き込むな」
エドワードが、強い口調で言いながらロベルトの肩を掴んだ。
ロベルトはエドワードの手を乱暴に振り解いた。
リーナはロベルトとエドワードの雰囲気にただならぬものを感じ、何も答えられずにいた。
だがロベルトの鋭い目がリーナを捉えて逃さなかったので、リーナは掠れた声で
「知ってるわ」
と答えた。
「あ、知ってるの? 友達?」
ロベルトは笑顔になって聞いた。リーナはぞっとした。
「リーナ、ロベルトに答えなくていい」
エドワードは言った。
「エドワード、何もリーナをとって食おうってわけじゃない」
ロベルトは口に微笑みを貼り付けたまま言った。
「似たようなもんだ。人の平穏を奪うな」
エドワードは厳しく言った。
「そんな難しいことは頼まないさ。あのさ、リーナ。カレン・ホースに手紙を渡して欲しいんだ。それだけ」
ロベルトはリーナを見据えながら、口調だけは丁寧に言った。
「リーナ、ロベルトの言うことは、ほっとけ。ちょっといい内容じゃないんだ」
とエドワードは言った。
「内容はリーナに関係ないからだいじょうぶ。ただ、手紙を渡すだけだ」
と尚もロベルトは圧の強い声で言った。
「やめろよ、ロベルト」
もう一度エドワードが言った。
「俺たちがしたくない仕事を人に押し付けんなよ」
エドワードの言葉に、ロベルトはエドワードを向いた。
「違うだろ。俺たちがしたくないからじゃない。カレン・ホースにとってまだマシな方を選んでるだけだろ」
エドワードははっとして黙った。
重い沈黙が流れた。
エドワードも考えあぐねているようだった。
「手紙なら私が渡しますよ」
ただならぬ空気を感じて、シャールが横から言った。
「カレンとは同い年だし、色々話すくらい仲が良かったから」
シャールはチラッとリーナを見てから、ロベルトとエドワードの方を向いた。
妹が何かに巻き込まれる雰囲気を感じて、居ても立ってもいられなかった。
「私にとって妹を助けてもらったことは、何にも替えられないくらいのものです。これで恩を返せるかはわかりませんが、私にできることなら何でもやらせてもらいます」
シャールははっきりと言った。
ロベルトはにこりとした。
エドワードはなおも躊躇していたが、リーナとシャールを交互に見比べて、仕方がなさそうにシャールに頷いて見せた。
「悪い……。本来は人に頼めるもんじゃないんだけど」
エドワードは深く深く頭を下げた。
ロベルトも頭を下げた。
心の中では、なんとかこの兄妹にうまく頼めたぞ、と思いながら。
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