運命のヒーローとヒロインが出会ったら
「橋本です」と緊張した声で名前を言えば、「一条です。ごめんな、わざわざ電話をくれて」と久しぶりの陸斗の声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、ずっと、連絡してなくて」
「いや、別に……。あのさ、今度、会って話したいんだけど」
いつ会えるかな、という声が聞こえてくる前に「いつでも」と言葉が溢れていた。
「え……?」
「あっ、えっと、いつでもだいじょう、ぶ。なんなら今からでも」
困惑した声が機械越しに聞こえる。それもそうだろう、今の今まで避けていたような人間が急に前のめりになってきたら、誰だって驚いてしまう。
変な事を言ったな、と後悔を滲ませている時だった。
「……じゃあ、十二時に橋本さんの最寄り駅で」
待ち合わせ場所もいつもの所で、と告げられる。今の時刻からならば、十分間に合う時間だ。分かった、と電話を切る。
心臓がバクバクして、落ち着かない。
会ったら、きちんと謝ろう。それで、それで――。
ぐるぐると回る思考を持てあましながら、実花は駅へと駆けて行った。
*****
いつもの銅像の前、待ち合わせより十五分も早く到着したのに、陸斗はそこにいた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いや、俺こそ急に呼び出してごめん」
二人の間に生まれる沈黙。あったら最初に謝ろうと思っていたのに、久しぶりの彼を前にしては言葉が喉に引っかかって上手く出てこない。
「ちょっと、連れていきたいところがあるんだ」
陸斗の言葉にうなずき、その後を追いかける。大学通りを少し行った裏道で、彼はふと立ち止まった。そこは、年季が入っていながらもおしゃれなつくりのカフェだった。
ドアを開けるとカランカランとベルが鳴る。
「コーヒー二つ」と、慣れた様子で一階のカウンターにいたマスターに声をかけ、陸斗はそのまま二階へと上がっていった。休日といいながら、二階にはまだだれもいなくてがらんとしている。窓際の席へまっすぐに進んでいけば、座るように優しく促された。
不思議な雰囲気にどきどきする。カフェというよりも純喫茶と言った方が似合うような造りの店内には、静かにジャズが流れていた。
「ごめんな」
突然の謝罪に、実花は目を丸くする。どうして、だって謝らないといけないのは私の方なのに。
「嫌われたのかもって思ったんだけど、どうしても話したくて」
勝手でごめん、と眉を下げて困ったように言う彼に、たまらなくなって実花はばっと頭を下げた。
「違う。違うの、私が悪かったの。ごめんなさい」
突然の実花の行動に驚いたようで、陸斗は何も言わない。
「私が勝手に勘違いして、それで勝手に距離をとろうとしたの。一条さんは悪くない。全部、私の――」
「勘違い?」
不思議そうに言葉を繰り返される。そうだ、全ては私の勘違いが原因だったんだ。
「私、昔からずっと端役で。私を通して、周りばかりが幸せになっていくの。この前の三宅さんもそう。大学時代、かなでに近づくために、友人である私に近づいたの。そんな事が昔から重なって。だから、一条さんとかなでが一緒に歩いている所を見てから、もしかして一条さんもそうなのかもって、勘違いして、分かんなくなって」
脈絡のない話だろう。支離滅裂で、内容もよく分からないだろう。しかしそれでも、陸斗は何かに合点がいったようだった。
「かなで……、あぁ、斎藤さんか。それで、端役……、そういうことか」
何となくわかったよ、と力なく彼は笑った。
「……そんな男に見えた?」
その声は非常に寂し気で、どこか悔しさもにじんでいる。
「っちがう、違うの。ただ、私が、弱虫で」
また傷つくと思ったんだ。自分にとって大切な存在になってしまった彼が、また自分を通して別の人を見ていたとなれば、きっともう立ち直れなくなってしまう。だから避けた、遠ざけた。でもそれは、ただ実花が弱虫で、臆病で、立ち直れなくなるほどに陸斗に惹かれていたからだった。
「最初に会った時、面白い子だな、って思ったんだ。きっと、その時から気になっていたんだと思う」
「え……?」
陸斗と最初に出会ったのは、あの、合コンの日。仕事帰りで、その後も仕事に戻らなくてはならないと、美しさとは程遠い格好をしていたあの日。舞踏会のドレスすら着てない、薄汚れてよれた仕事着のままの灰かぶり。そんな実花を、彼は気になっていたというのだろうか。
そこに驚きを感じる一方で、確かに、実花が陸斗を認識したのもあの日だった。美味しそうに食べる人だなと、やたらと印象に残っていたのだ。
「素直で、まっすぐで、美味しそうに食べる君に。人の見た目とか、そういうのに、囚われない君に。俺は、自然と惹かれていたんだ」
まっすぐな、真剣な瞳が実花を射抜く。彼が冗談を言っているわけでなく、本心から何かを伝えようとしていることは、その纏う雰囲気から伝わってくる。
小さく深呼吸をして、彼は優しく言葉を紡いだ。
「俺のヒロインは、橋本さんだけだよ。それじゃあ、駄目かな。俺を、橋本さんのヒーローに、してくれませんか」
緊張をはらんだ甘い音が、鼓膜をくすぐる。それはきっと、もしかして。優しい言葉の意味を、必死で頭のなかで噛み砕く。何とか脳内変換した言葉は、どう考えても自分に都合が良いもので。何度変換しても、同じ意味しかはじき出さない。
「好きだよ、橋本さん」
真っ赤に頬を染めている実花を慈しむように、穏やかに、甘く紡がれた言葉。それは、もう違う意味にとらえようがなくて。
「っ、私も、好きです」
熱くなる目元を必死で抑えながら、やっと自覚した自分の気持ちを音にした。
ずっと主人公になることを諦めていた。
でも、運命の相手と出会ったなら、いつだって、誰だって、きっと主人公になり得るのだ。
これはそんな、運命の相手と出会った二人の、物語。
「運命のヒーローとヒロインが出会ったら」これにて完結です。
作者として、2人の物語を最後まで見届けることができました。
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