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ファンシーな世界で奇跡を起こして

陸斗から何度も連絡が来ていることには、気付いていた。それが実花を心配するないようのものだったり、気遣うようなものだったり、文章の一つ一つに彼の優しさがにじみ出ていたから、完全に無視をしてしまうのは心苦しくて、最低限の返信だけをした。

 きっと、これで良かった。

 最初から陸斗がかなでを狙って実花に近づいていたのかは分からない。しかし、そうかもしれない、というだけで、こんなにも実花は臆病になってしまうのだ。信じたいのに、信じられない自分が悔しい。でも、あの光景を見てもなお、信じると言い切れるほど、実花は強くなかった。

「次は、いつ会えるかな。話したいことがあるんだ」

 今朝、届いたメッセージ。話したい事ってなんだろう、と思いながらも、それに返信は出来ていなかった。それでなくとも、今日はかなでと会う約束をしている日だ。かなでの「話したい事」を聞いてから、それからどうしようか考えてもいいだろうと、既読すらつけなかった。


*****


 かなでに指定されたのは、かなでの最寄り駅と実花の最寄り駅の丁度中間地点。大きなショッピングモールのある、ターミナル駅だった。ショッピングモール内に新設されたという、いかにも女の子しか入れないようなカフェが待ち合わせ場所だった。

「お待たせ、実花。ごめんね、待った?」

「ううん、大丈夫。今来たところだよ」

「じゃあ、行こうか」

「え、ここ……?」

 内装は可愛らしいパステルピンク。マカロンとリボンのモチーフがでかでかと飾られている外観に、ふわふわとしたピンク色のメイド服のような制服をまとった店員さんたち。店内の中央には、なぜかちいさなメリーゴーランドまである。絶対にかなでの趣味ではないし、百歩譲ってこういうテイストが好きだったとしても、真面目が話をするには適切でないことは明らかだった。てっきり、目立つから待ち合わせとして使うだけだと思っていたのに。

「ここよ? ここなら、女の子ばかりだし」

 男がいるとなにかマズイのだろうか。小さな違和感を感じながら、案内されるがままに店内へ足を踏み入れた。


 案内されたのは、雲をかたどったクリーム色のテーブル。呆然としたままの実花に、かなでは勝手知ったると言う感じで備え付けのメニューを見せた。メニューも西洋のお城をデフォルメした形になっていて、やたらと可愛らしいものだった。

「何かよく分かんないけど、これで良い? 当店人気ナンバーワンって書いてあるし」

 分からないままにとりあえず頷き、カラフルなパンケーキを一つとコーヒーを二つ注文した。

 こんな注文の仕方も、店の選び方も、普段のかなでらしくない。一体これから何を言われるのだろうかと、心臓が早鐘を打つ。

「ごめんね、突然こんな所で。でも、ここなら安全かなって思って」

「安全……?」

「三宅に会ったんでしょ?」

 三宅。その言葉に、記憶がよみがえる。そうだ、私、三宅と会って――。

「子会社でミスしてその事後処理に追われてるって前に言ったじゃない? あの時、手続きに来る他社の名簿にあいつの名前があったのよ。珍しい名前というわけじゃないから、まさかとは思っていたんだけど」

 こんな事になるなら言っておけば良かった、とかなでは溜息をついた。

「男が入ってきたらすぐに分かるようにこの店にしたんだけど、やっぱり慣れない店は駄目ね。目がチカチカしそう」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼女に、疑問がひとつ解消した。確かに、この女性客ばかりの店内に、男が一人で入ってきたら目立って即座に気が付くだろう。かなでらしくない店のチョイスは三宅を避けるためだったのかと、納得した。

「大丈夫だったよ? 一人じゃなかったし」

 ごめんね、すぐに報告しなくて、と続ければ、かなでは気にしていないようだった。実際、あの二人の姿の方が衝撃的すぎて、三宅と出会って酷い言葉をかけられたのは記憶の隅へと押しやられてしまっていた。

「あぁ、一条さんと一緒だったんでしょ? 聞いたわよ。一人じゃなくて、本当に良かったわ」

 彼女のその言葉を聞いた瞬間、ひゅっと喉が鳴る。どうして、かなでが、それを。

「たまたまエレベーターで会ってね? 三宅のこともあったから、中途半端な気持ちで実花に近づかないように釘を刺しておこうと思ったのよ。そうしたら、三宅といい私といい何なんだって怒られちゃった」

 あそこまできちんと言う男だったとはね、ただの優男じゃなかったわ、とケラケラと笑うかなで。

 エレベーター? 釘を刺す? それらの言葉に、疑問符ばかりが浮かぶ。ちょっと待って、嫌な予感がする。

「……実花?」

 急に黙ってしまった実花を不審に思ったのだろう、かなでが心配そうにこちらをのぞき込んだ。

「もしかして、一条さんとかなでって、そのエレベーターが、初対面だったりする……?」

「え? あぁ、合コンの時に同じ会場にいたけど、あっちは完全に覚えていなかったわね。私がエレベーターに乗り込んでも、見向きもせずにスマートフォンをいじっていたし」 

 全く失礼しちゃうわよね、と言いながらも彼女の表情は明るい。

「それでその後、一緒に出掛けたりした……?」

「はぁ? そんなの行くわけないでしょ。第一私の好みではないし、あっちも私なんか眼中にないし。あぁでも、エレベーターで会った日は、銀行に行く途中までは一緒だったかな。あっちもコンビニに行くとか言ってたし」

 嫌な予感はどうやら的中しているようだ。背筋を冷汗が伝う。もしかしたら、とんでもない勘違いをして、非常に失礼な事をやらかしてしまっているのかもしれない。

「ちょっと実花? あんた顔色悪いけど……」

 大丈夫? という彼女の言葉を聞き終わる前に「どうしよう」と言葉が溢れていた。

「え、どうしようって、何が……」

「二人が一緒にいる所見かけて、てっきり、一条さんもまた、かなでを狙って私に近づいたのかもしれないとか、考えて」

 かなでの表情が、まるで信じられないものを見たかのようになっていく。

「何それ。ちょっと、あんたそれまさか……」

「連絡、ずっと無視してて……」

 ピキピキと美しいかなでの顔に青筋が浮かぶ。あぁ、これはマズイ。長年一緒にいる経験上、彼女が非常に怒っていることは明確だ。

「ばっかじゃないの!!!?」

 可愛らしい店内に似合わない怒声が、休日のカフェに響き渡った。

「はぁ? あんなにアンタの事しか見てない人が? 私目当てで実花に近づいたって? 馬鹿じゃないの! アンタねぇ、今まで一条さんの何を見てたって言うのよ」

「か、かなで、落ち着いて……」

「落ち着けるわけないでしょ。それねぇ、一条さんにも、私にも失礼だってこと分かってる? 実花をダシにしようとしている奴、私が二度と実花に近づけるわけがないじゃない」

 全く、と相当彼女はご立腹だ。今回の件に関しては、確かに、実花が勝手に勘違いをして思い込んでいたに過ぎない。怒られても仕方がないし、ぐうの音もでなかった。

 かなでの権幕に、恐る恐るといった風に店員が注文してきたパンケーキとコーヒーを持ってきた。お騒がせしてすみません、とかなでが営業用スマイルを見せつければ、おびえるようだった店員も少し安心したように戻っていった。

「……昔も怒ったことあると思うけどさ、実花は端役なんかじゃないんだからね」

 コーヒーに口づけながら、かなではこちらを真っ直ぐ見つめた。

「主役にはなれない端役だって、昔言っていたけど、誰だって主役にはなり得るんだよ。私の人生ドラマの中では、確かに実花は端役かもしれない。でもさ、実花の人生ドラマの中では、私が端役なんだよ」

 それは大学時代、三宅の一件があった後に、彼女が私に対して放った言葉だった。「端役を言い訳にして、自分の人生を、幸せを、最初から諦めるんじゃないわよ!」そう、当時はかなり怒られた。その言葉は非常に強くて、印象的で、目が覚める思いをしたのはよく覚えている。

「かなで……」

「だから、早く謝って仲直りしなさい」

 ね? と軽くウインクを投げられる。全く、仕草一つ一つが絵になる人だ。そうはいっても、謝るといったって、どうしたら。そう思っていたところで、テーブルの上においていたスマートフォンが小さく震えた。

「え?」

 メッセージの差出人は「一条陸斗」。今一番会いたくて、でも、どんな顔をして会えば良いのか分からない人。

 ポップアップでディスプレイに表示された文章は「度々ごめん。どんなに遅くても良いから、返信待ってます」というものだった。

 どうしよう。今朝来たメッセージにはまだ既読すらつけていない。しばらく連絡を無視していたこともあったから、今回はそうならないように、という願いが込められているようだ。でも、今更会ったところでどうしたら良いんだろう。勝手に勘違いをして、遠ざけてしまったのは、私の方なのに。

「何迷ってんのよ、ばーか」

 すっと前から手が伸びてくる。かなでは勝手知ったるとでも言うかのように、実花のスマートフォンを操作し始めた。一体何をしているのかと奪い返そうとすれば、ひらりとディスプレイを向けられる。そこには、「発信中」という通話マークと、宛先に「一条陸斗」の文字が。

「え、っちょ、何やって」

 今メッセージが届いたばかりだ。きっと、すぐに通話は繋がってしまうだろう。あたふたとしている実花に、かなではにやりと笑って言い放つ。

「王子様が迎えにきたなら、御伽噺のお姫様は迷わずその手をとるじゃない。その手を取らないお姫様なんて、主役とか端役以前の問題。一生幸せになんかなれないわ」

 だからどうすべきかなんて分かるわよね? そう言うかのように、彼女は実花にスマートフォンを投げわたした。その瞬間、「はい」という声が端末越しに聞こえる。

 グッドラック、と親指を突き立てられてしまう。行った行ったと手を振られ、実花はカバンを片手に店を飛び出した。


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