去りゆく光とアルコール
やっぱりそうだったのかと、ぼんやりとした思考の中でどこか他人事のように考えていた。
かなでがオフィスを出る所を見かけたから、三宅に会ったことを簡潔に話してしまおうと思って実花も後を追うように席を立った。メッセージアプリで連絡するよりも、少し実花に対しては過保護ぎみなところがある彼女の事だ、きっと直接会って話しながら自分の無事を伝えた方が良いだろうと思った。丁度来たエレベーターにかなでは乗り込むが、実花は間に合わずに、すぐさまやってきた隣のエレベーターに乗り込んだ。
時間差もほとんどないし、多分ロビーで会えるよね。
運よく他の階に停止することもなく一階へと辿りついた。エレベーターから降りるやいなや、ゲートの方にかなでの後ろ姿が見えた。
「かなっ……!」
かなでの隣には誰かがいた。それは別に構わないけれど、その誰かは実花の良く知る人物のものだった。見間違えるはずがない。だって、今日の昼休憩の時に、かなでを引っ張って連れ出してくれた後ろ姿なのだから。
「なんで、一条さん……」
美人と名高いかなでと、イケメンと評判の陸斗。それは後ろ姿だけでも絵になっていて、二人はそのままゆっくりと外へ出かけていってしまった。
目の前が、真っ暗になる。陸斗は違うのだと、信じていたかったのに。やっぱり最後はこうなってしまうのか。
ほら、やっぱりね。
遠くで誰かの冷めた声が聞こえた気がした。
*****
黙って戻って、仕事に専念した。どうしようもなく乱されてしまった心はなかなか言う事を聞かないけれど、それでも、ひたすら考えているよりは、目の前のディスプレイを見つめて、コードをかいている方が落ち着けた。
日付が変わるくらいまで残業をしていたい気分だったのだけれど、生憎そこまでの忙しさではなかった。加賀に「いい加減仕事が終わったなら帰れ」とどやされてしまえば、渋々帰り支度をするしか他なかった。そもそも、休日出勤が舞い込まない程のスケジュールだからこそ、今度陸斗の弟達に会いにいこうかなんて話しをしていたくらいなのだから。
何だったんだろうなぁ……。
たまたま彼の事情を知る事になってしまったけれど、もし最初から彼がかなでを狙っていたのであれば、わざわざまた家族に会わせたい等と言いだすだろうか。あの後ろ姿は、たまたま一緒になって世間話をした程度かもしれない。でも……。
興味のない人の顔はおろか名前も覚えないと言っていたのはかなで本人だ。あの情報通の彼女の情報が、間違っていたとは思えない。それにも関わらず、ああやって話しながら歩いているということは、やはり陸斗はなんらかの理由でかなでに興味を持ったのだろう。それがいつだったのかは分からない。最初に陸斗に呼び止められた時、かなではとても驚いていたから、あの時点で二人に面識はなかったのだろう。じゃあ、いつ、どこで。
それか順番的に、かなでに興味があったから、友人である私に興味を持った、とか。
嫌な想像ばかりが頭を回る。それは大学時代の三宅の一件だけのせいではない。今まで生きてきた中で、自分を素通りして幸せになっていった人達の事が、走馬灯のように蘇る。
はぁ、と溜息をついていると、丁度電車がやってきた。普段ならば座れるような込み具合なのに、どこか沿線でイベントでもあったのだろうか、アルコールが微かに香るような人々で込み合っていた。
運が悪い日って重なるんだよね……。
なんとか隙間を探して入り込めば、小さくポケットでスマートフォンが揺れた。誰だろう、とディスプレイをみれば「斎藤かなで」の文字が。そっとタップしてトーク画面を開けば「今度ご飯に行きたいんだけど、いつ空いてる?」という簡潔な文章が表示されていた。
普段のかなでならば「ここに行きたいんだけど、この日空いてる? 空いてるよね? 時間作って行くよ!」くらいの勢いなのに、こんなお伺いを立てるような書き方は珍しい。何かあったのだろうか。そう思ったところで、二人の後ろ姿がフラッシュバックした。
「急にどうしたの……。何か話したいことでもあるの?」
私も私で、直球で聞いてしまえば良いものの、我ながらズルい聞き方をしていると思う。これで「美味しそうなお店を発見したから!」と普段通りにスタンプと一緒に送られてくれば、この胸のモヤモヤもいくらかは解消されるのに。
既読がついてからも、しばらくは返信が来ない。満員電車特有の人の匂いに、酔ってしまいそうだ。
過ぎ行く景色を、何を考えるでもなく見つめていれば、小さく揺れた端末。視線を移せば、「そうだよ」と返信が来ていた。
そうか、やっぱりそうなのか。
きっと、かなでは一条と何かがあったのだろう。そしてそれを、実花に報告するつもりなのだ。電話やメッセージアプリで済ませることの出来ない内容で、実花に黙っていることは出来ない内容。いくつか予想は出来るけれど、それはどれも、実花の心を抉るものだった。
何を信じれば良いのか、信じたいのかも分からずに、ただひたすらに「そうか」という三文字を小さく呟いては飲み込んだ。やっぱり端役は端役で、主役にはなれないのだ。本気になる前に気付けて良かったじゃないか。この気持ちに明確な名前を付ける前に撤退出来て、万々歳じゃないか。そう、自分に言い聞かせるのに。
あの笑顔は何だったんだろうな。
陸斗と一緒に過ごして、一緒にご飯を食べて。その時々に見せてくれた笑顔は作られたものではなくて、確かに本物だった。美味しいと感想を言いあった時間も、照れくさそうに弁当を受け取ってくれた瞬間も、彼の本心から生まれたものだった。少なくとも、実花にはそう見えた。もし、あれが偽物だったと言われてしまえば、実花はもうこれから先、なにも信じられなくなるだろう。
どうしたら、良いんだろうな。
ネオンが光る街を、電車は静かに走っていく。軌跡を描いて後ろへ飛んでいく光に、人混みに混ざるアルコールの香り。何をしたって、目が回りそうだ。
もう何も考えたくなくて、ドアを背もたれに、実花はゆっくりと目をつぶった。




