彼女と別れるってよ。
「ごめん、もう私、あなたと続く気がしないの。別れましょう?」
それは高校一年の春休み、卒業した部活の先輩たちの打ち上げで部員で食事に行っていた時だった。
みんなと楽しく賑わっていた時、そのメッセージは届いた。彼女からだった。
「は…?」
何が起きているのか全く理解できなかった。
俺は立石優太。彼女は松岡有理香という。中学卒業後にあった中学校の定期演奏会に二人で行った帰りに、俺から告白してできた初めての彼女だった。
部活は違ったが、三年で同じクラスになって、席が近かったので話したり同じ班としてお昼も一緒に食べた。授業中も二人で目を合わせて話したりもしていたし、朝は一緒に受験勉強した。メッセージだってしょっちゅうしてた。仲が良かった友達から、いつの間にか恋心が芽生えていた。
有理香はなんといっても可愛い。学年の中では有理香のことが好きな人の噂はいくらでも聞いていた。
そして彼女は茶道部に所属していたこともあり「清く、正しく、美しく」という言葉が一番当てはまるような人だ。そして英語も話せてピアノも弾ける、もう完璧と言ってもいいくらいの女性だった。中学生の時の俺には釣り合わない高嶺の花だと思っていたし、俺に好意を寄せていたなんて思ってもいなかった。
「どうした?急にこの世の終わりみたいな顔してさ?」
先輩の一人が声をかけてきた。
「いっ、いえ、何でもありません。少しトイレに行こうかなと...」
「なんだなんだ、早く戻って来いよ~」
「分かりました、なるべく早く帰ってこれるように頑張りますね」
[...?」
先輩は俺の言った言葉の意味を理解できていなかったが、そんなことに構わず俺は店にある個室トイレに入っていった。
焦っていた俺は気を落ち着かせ、今起きていることをもう一度整理することにした。
今、俺は別れ話を持ち掛けられている。以上。
付き合いたての時はよくメッセージをしたりデートに行ってたのだが、なんせ高校が違う。そして始業したあとはお互い部活動に力を入れていた、ということもあり、高校に入ってからは月に一度会う程度、最近はメッセージも会う予定を確認する程度のものになっていた。
確かにこの一年間を振り返ると、俺たちは「付き合ってる」と言うには微妙な関係にはなっていた。どちらかというと「たまに会う仲のいい異性」といったところだろうか。
「コンコン」
トイレの外から誰かがノックする音が聞こえた。
「コンコン」
まだいることをノックで伝えた。しかし、ずっとこの場所にいるには迷惑がかかってしまう。早く決めるか、場所を変えるか...
だが今は打ち上げ中。そう長くどこかへ行くこともできないのでここで決めるしかなかった。そうは言ってもどうすればいいのか分からなかった。
外には待ってる人もいるのにグダグダしてられない。
あたふたして頭の中が真っ白になって気が付くと有理香とのメッセージ画面を開いて文を打って送信していた。
「俺もごめん、じゃあ最後に会って話さないか?」
とんでもない文を書いてしまったようだ。
しかし現実問題、実際のところこの関係性が続けれるとは思えてはいなかった。
このメッセージを考えて送らなかったことには後悔したが、無意識に打ったということはそれが自分の本心なのだろうと思った。自分の心に嘘ついて無理して続けようとしていた関係性など、続けられるわけがない。
「分かった。じゃあ明後日の18時に駅中のカフェで待ち合わせね」
俺からの返信を待っていたかのようにとんでもない速さで返ってきた。
「あー、マジか」
独り言を呟きながら、有理香からのメッセージを見て自分の中で彼女と別れることが現実味を帯びてきた。それは今までずっと見ていた夢から覚めたような感じだった。
はぁ~、と大きい溜息をつきながらトイレを出てくると並んでた人にすごい目で見られた。何を思われているのだろう。とりあえず長くてすいません、と一言かけてみんなのところに戻った。
「遅かったなぁ、やっぱ腹痛かったのか?」
「まあ、そんなところですね」
さっきの先輩が声をかけてきたが話す気が起きないので適当に言ってスルーした。
そのあとはみんなに今起きたことを気づかれないよう元気があるようにふるまって参加した。
そして最後はみんなで写真をとって解散した。
家に帰ると日付が変わっていた。なんかとんでもない一日で疲れたのでとりあえず布団にダイブ。少しした後、風呂に入って体を休めた。そのあとは布団に戻り寝ようとしたのだが、明後日のことが気になって全く眠れなかった。起きていると余計に考えてしまうからすぐ寝たいのに、こういう日に限って寝れないのだからつらい。
翌日は何もする気が起きず久しぶりに自分の部屋に引きこもった。
長い一日が終わると、とうとう有理香と会う日になっていた。
昨日はおとといに比べればよく寝れた。
それにしても寒い。とんでもないくらいに。
そしていつものようにカーテンを開けてみると、驚いた、なんと雪が降っていた。それも結構な量、庭に置いてある植木鉢が三分の一くらい埋まっていた。
外に出たくない、その一心で家で課題でもやって時間をつぶすことにした。しかし18時に待ち合わせしたこともあって朝からその時間まではとても長く感じた。
結局すべての課題を終わらせたが時間をつぶしきれず、思い切って家を出た。
親には友達と遊んでくる、と嘘をついて。
雪道を歩きながら俺は駅ビルの中にある本屋に入っていき、雑誌を見たり新刊の漫画のチェックをした。でも時間はまだある。
やることをなくした俺はベンチに座った。隣にはおじいさんが座っていたが、、寝ているようだ。
携帯を見ても特に何もあるわけではないからすぐしまった。隣のおじいさんを見ているとなんだか自分まで眠くなってきて、気づかないうちに寝てしまった。
「...くん、...くん」
うん、何か聞こえる気がする。
「ゆうくん、ゆうくん」
はぁっ! っと目が覚めた。目の前には有理香がいる。
しまった、恐る恐る時計を見ると18時12分、約束の時間は過ぎていて有理香を待たせてしまっていた。ざっと二時間程度は寝ただろうか。やらかしてしまった。
「ごめん、待たせちゃったな...行くか」
そう言って俺らは駅ビルの中のカフェに行って対面で座った。
「こうやってここに来るのも久しぶりだな」
「そうね、久しぶりね。ところでなんであんなところで寝ていたの?」
「...家にいると退屈だったんだよ、」
「だからってあそこで寝てるのはねぇ」
少し笑いながら言ってきた。
やはり真正面から見るとほんとに綺麗な人だ。笑顔もかわいい。俺はこんな人と付き合っていたんだなと、過去のことのように考えながら有理香のほうをじっと見ていた。
顔を見ていたのに気づいた有理香は目を合わせてきた。
「...どうしたの?」
「別に...なんでもないよ」
話が止まった。気まずい、気まずすぎる。
俺から呼んだくせに特に話すこともなく、そのまま沈黙が続いてしまった。
「あれ、お二人さん、今日も地元でイチャイチャしてんですか~?」
声のする方を向くとそこには同じ中学の戸倉、有理香の友達がいた。
「別にしてないわよ」
有理香がいつもより少し低いトーンで言ったことに気づいてこの雰囲気を盛り上げようとしてくれたのか、ただ久しくあった友人と話したいだけなのかは分からないが、中学の時の話題を話し始めた。
有理香はそのまま戸倉と二人で話してしまったので、俺は二人の会話を聞いているだけでほぼずっと黙っていた。
二人の話が終わって戸倉が店を出ていくと、さっきの空気がまた戻ってきてしまった。
案の定話すことがない。このままではさっきと同じ。どうしよう。
でも、何も思い浮かばず、結局二人で店を出ることになった。
雪は止んでいたが、降った雪が解け始めて地面はひどいことになっていた。
「ごめんな、こんな日に呼びだしちゃって」
「いいの、気にしないで」
「…ごめん」
「え、だからいいって...」
「違う、そうじゃなくて、今までのことだよ。」
「は...?]
「恋人同士だったっていうのに月一回とかしか会えなくてごめん、やっとあえてもいつも行くところは普通で何のロマンチックもなくてごめん、メッセージも少なくてごめん、部活って理由で何度も会えるような日断っててごめん、手つないだりするの躊躇って全然しなかったのもごめん、一緒に歩いてるときとかご飯食べてるときとか俺が無口だから何もしゃべらなくてごめん、それに...」
「もういいって!」
有理香は大声を出し始めた。それも商店街の中で。一気に周りの目を集めてしまった。
「自分で悪いって分かってんでしょ!? 私のこと、もう何とも思ってないんでしょう?」
「いや、そんなわけ...」
「あるでしょ?じゃなきゃ別れようってメッセージにあんな返信はないでしょ? 今更ごめんなんて言われても…」
そこには何も言い返せなかった。でも確かに焦って書いたメールだったが、有理香のこと何とも思っていないわけがない。
だから...
「ああもう」
「ふぇっ!? ちょっ、何抱き着いてるのよ!?」
「これが俺の気持ちだ」
「お前、俺が有理香に何も思ってない何てことあるか? そんなわけない。俺はあの定期演奏会の日も今も、お前を思う気持ちは変わらねぇ。逆に俺はお前が俺のこと嫌いになっていってるんじゃないかっていつも怖かった。だからあのメッセージが来たときはやっぱそうなのか、なんて思ったんだ。」
そういうと有理香は泣き出してしまった。
「...ばかね」
「あぁ、俺は大馬鹿さ」
「今まで私にそんなことも、ハグもしてきたことないのに、なんで今になって...」
「今までやってなかったからこそ、今なんじゃないのか?」
「もう、バカバカバカバカバカぁぁ…」
「ホントに、どっちがバカなのかね」
「ゆうちゃんの方に決まってるじゃない」
「いや有理香だろ、バカ連呼して俺のこと叩いてくるし」
「バカ、うるさいわよ…」
「ほらまた言った」
そういって抱き合ったまま二人で笑いあった。
考えてみればこんなに二人で笑ったのは初めてじゃないだろうか。
「なぁ、もう一度、またやり直さないか?」
「え?」
驚いた表情をしていたが、そのあとすごいニヤニヤした顔をして
「じゃあ、なんか言うことがあるんじゃないの…私たち別れてるんだから…」
その言葉を聞いて、俺はもう一度決心した。
そして有理香から一度離れ、面と向かって真面目な顔をした。
お互い、ちゃんと目を合わせている。
「有理香…好きです。今も、前も、これからも。だから、俺と付き合ってくださいっ!」
そう言って俺は頭を下げた。
「…嫌だ」
「...」
「...」
「...」
「へ?」
え、なにこれ、ここまでやられてまさかの失敗…?
いや、まっ、そんなはずは…
「ぷっ…、はははっ、はははははははっっ!」
「最高、そんな顔見られるなんでホンット最高!」
「...でもね、こんなにまっすぐに言われて断るような悪女じゃないわよ?」
「...」
だめだ、脳みそがショートして何が何だか…
「え、理解できてない?」
「はい、全く」
「だから…」
そういって有理香は僕の前で笑顔でこう言った。
「はいっ、喜んで。これからもよろしくお願いします」
「ははっ…」
やっぱり何が何だかわからない。でも突然有理香は俺に近寄ってきて…ハグした。さっき俺がやったみたいに。
「分からないの? 恋人になってあげるって言ってるの!」
その言葉を聞いて涙が出てきた。そして俺からも有理香をギュッと抱いて
「ごめん…いままでホント、これからはもっと、もっと一緒にどっか行こう…」
「なにそれ、なんかあんまり言い返しじゃないけど」
「まあ、私からも今までできなかった分積極的にいかせてもらうからね!」
こうして、俺らはまた結ばれた。今までよりもずっと強く。
寒いはずなのに全く寒くない。手袋を取った俺らはそのまま手を繋いだ。
「なあ、なんでさっき断ったふりなんかしたんだ?」
俺は普通に疑問だったので聞いてみた。
「だって、あんなに意地悪されてたんだから一度くらい仕返ししたかったのよ」
「お前ってそんなSだったっけ?」
「あははは、ホント、面白い顔してたわ!」
「くそっ、まんまとハメられたってことかよぉぉ~」
ハメられたのは悔しかったが、なんやかんやで元通り、いや、それ以上に仲良くなることができた。
そしていつもより遅く、二人の時間が長く続くようにゆっくりと商店街の明かりの中を歩いて行った。
ノベルバ、ノベルアップ+でも掲載しました。