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本日四回目の更新です。
エルティはミュールの手を引いて横へ跳ぶ。
ミュールもそれに逆らわずに地面を蹴った。
「グルァ!!」
二人が元居た位置を暴力の塊が通り過ぎる。
索敵の魔法で進路が分かっていたお蔭で、二人はツヨイグリズリーベアの突進を回避することに成功した。
ベアは木を二本程なぎ倒して止まった。
そして獲物へと向き直る。
「ミュール! 目潰し行ける!?」
「う、うん!」
エルティの声に応えたミュールが弱い闇魔法を放つ。
放たれた闇の塊は振り向きざまのベアの顔に命中した。
纏わりつく闇の塊は手で掴んで引きはがせるようなものではない。
物理に対しての抵抗力が強いのだ。
しかし、あくまでも物理的に拘束する為、ある程度暴れれば霧散してしまう。
ツヨイグリズリーベアのパワーであれば、身体を拘束しても一瞬で破壊されてしまうだろう。
しかし、エルティはそれを理解していた。
だからこそ顔を狙ったのだ。
集中して覆えば闇の強度は上がる。
更に、顔ならば手を使って何度も擦るようにしなければいけない。
時間を稼ぐのならば、現状としてこれ以上の方法は無いとも言える。
「グルァ!!」
「えっ!?」
しかし、相手が悪かった。
ベアは一切怯むことなく、ミュールへ向けて駆け出した。
ツヨイグリズリーベアは、強い。
強者は目が見えなくなった程度では困らないからこそ、強者なのだ。
目潰しが成功した安心感と、全く怯まなかったベアのスピードに、ミュールは面喰らってしまった。
思考が停止する。
15m程の距離等、ベアにとっては一瞬で埋まる距離でしかない。
それは、致命的な隙だった。
距離を詰めたベアが勢いのままに前足を振るう。
凶爪が迫る。
「ミュール!」
「きゃっ」
「くっ――!!」
間一髪。
エルティがミュールに体当たりして爪の軌道から逃れる。
覆いかぶさるようにミュールと共に地面に倒れこんだ。
「ご、ごめんなさい!」
「う、いいから早く、立って! 逃げるわよ!」
ベアは背中を向けたまま、爪を舐めていた。
エルティはミュールを急かす。
絶対に適わない相手には、逃げるしか選択肢がないのだ。
「うっ――」
「エルティちゃん? あっ!!」
駆け出そうとした矢先に、エルティの脚から力が抜けた。
項垂れ、膝を付いたその時に、真っ赤に染まるエルティの背中が露わになった。
ベアの爪が掠っていたのだ。
少し掠っただけで簡素な革鎧を破壊し、肉にまで届いていた。
とても、走れる状態ではなかった。
「ごめん、アタシは無理みたい。アンタだけでも逃げなさい」
「えっ、嫌、嫌だよ!」
「いいから早く! 森を出る時間くらいは稼いでみせるわ」
エルティは既に死を覚悟していた。
文字通り自分を餌にしてでも、ミュールを逃がす覚悟だ。
爪に付着していた血と肉片を味わい終えたベアが、ゆっくりと向き直る。
それは獲物が逃げられないと知っている、余裕の表れだった。
「私も戦う!」
「か、敵うわけないでしょ! もう魔法一回使えるか、どうかしか魔力も無いの、分かってるのよ」
「やってみなくちゃ分からないよ! えいっ!」
闇の塊が放たれる。
ベアの全身に纏わりつき、動きを縛る。
「フンッ」
「あ、ああ……」
ベアが鬱陶しそうに身震いしただけで、身体に纏わりついていた闇が霧散した。
やはり、ベアの筋力を前にしては塵も同然だった。
ベアがゆっくりと迫り、そして立ち上がった。
蹲ったまま立てないエルティへと、爪を振り下ろす為だ。
その前に、魔力の尽きたミュールが割り込んだ。
杖を構えて、精一杯の抵抗の意思を見せる。
ベアは、あざ笑うかのように見つめる。
「ミュール、早く、逃げなさい……って」
「嫌! 絶対嫌!」
「もう、我がまま、なんだから……」
背中が焼けるような痛みを伝えてくる。
血と一緒に全身の力と気力が抜けていく。
エルティの意識は朦朧としていた。
振り絞って出した言葉を全く聞こうとしないミュールに、思わず苦笑が零れた。
「ガアァ!!」
「っ――!!」
ついにベアの爪が振り上げられる。
ミュールは歯を食いしばり、それでも、目を閉じない。
最後の意地だった。
その意地が、颯爽と現れた一人の冒険者の姿を目にした。
すごい冒険者、タケオだ!!
タケオの拳がベアの迫りくる爪へと放たれた。
バキィ!!
爪を、肉を、骨を! タケオの拳が粉砕して弾き返す!!
「グルァ!?」
「二人とも、頑張ったな」
「タケオさん!?」
「タ、タケオ?」
拳のすごい威力に、ベアは思わず後ろへ下がる。
自慢の剛腕が破壊された事実と、目の前の相手が発する圧倒的オーラに、怯んでしまったのだ!
その隙にタケオはすごい回復魔法をエルティへかける。
みるみる内に傷は塞がって、すべすべの背中が取り戻された。
痛みがなくなり、体調まで完全に回復したエルティが立ち上がる。
服や鎧の背中部分は引きちぎれて無くなった為、とてもセクシーな姿になっている。
「どうしてここにアンタが?」
「俺はすごいからな」
「なによそれ」
答えになっていない答えを残し、タケオはベアへと歩み寄る。
正直ベアは涙目だ。
野生の本能が逃げろと叫んでいるが、それが出来ないのだ。
もっと上位の命令に従って、ベアは内心泣き叫びながらタケオへ飛び掛かる。
メキィ!!
タケオの拳がベアの顔面を真正面から殴った。
突進の勢いも合わさってすごく痛い。
めり込んだ拳を振り抜いて、タケオは剣を抜く。
伝説のすごい剣だ!!
すごいタケオがすごい剣を使う時、それはすごい威力を発揮する!!
ベアの全身が怪しく光る。
全ての力を無事な左腕に集めて、最強の攻撃を仕掛けようとしている。
しかし、タケオはすごく空気が読めない。
ズバン!!
特攻する準備が整う前に、ベアの首から両断した。
分厚い毛皮と分厚い筋肉、そしてぶっとい骨をいとも簡単に通過して、すごい剣はすごい鞘へ納められた。




