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第一話「幸わう町の花々」 3

3.

 始業式前に学校の探索許可を得た。

 如月が春から通うことになるフヨーダイ高校は、如月家から駅までの距離とさほど変わらず、遠くはない。ただ道の起伏が続いているので、体力は使う。

 古くからあるとは言え、建て直されているので、校舎は白さが目立っていた。

 校門から校舎までは桜並木の道となっている。振り向けば山のヒノキが青い。

 冬に一度、如月は見学に来ていた。その時はまだ、桜もヒノキも枯れ木であった。

 以前住んでいた所と、それらの色は違っていた。幹の色もより深く、桜の花弁は白により近い。

 昇降口で待っていた職員に、校舎内の案内をしてもらう。

 校舎の二階からも桜は見ることが出来た。


 先を歩いていた職員に礼を言って、後は自由に回ることにした。

 職員から広いと聞いていた図書館があり、そこを覗く。八架もの本棚が並び、壁も本で埋め尽くされていた。

 同じく八台並ぶ机に学生服姿でメガネをかけた女子生徒が一人、出入り口に近い机で、ぽつんと座っている。

 その生徒は、立ち止まっていた如月に気付き、本を置く。

「こんにちは。ここの、学生さんでしょうか?」

 先日出会った蘭よりも落ち着きがあり、澄んだ声だ。

 初対面の蘭の声の印象がラッパなら、こちらは鈴だ。格好も凛としている。

「あ、いえ。じゃない、ここの生徒です。今年度から転入してきました」

 私服姿であることを思いだし、如月の身体は硬直する。

 そんな如月を見て、メガネをかけた女子生徒は口元に手を置き、ほほ笑んだ。

「転入生の方なんですね。不都合がなければ、校舎の案内でもしましょうか?」

「今さっきまで職員にしてもらっていて、あとは自由に、って感じでして」

「そうでしたか。どんな風に感じたか、少しお話を聞いても?」

 女子生徒は対面の席を、空いた手で指す。

 用事があるわけでもないので如月はそれに従った。そのまま流され、まず印象に残った桜並木について話をし、それから校舎と職員の対応についても話をする。

 その間、女子生徒は目を瞑り、相槌を打っていた。

「そういえば、部活動はどんなものがあるんでしょう」

 一通り、学校の外観を述べた後に、質問を出した。一人であまり喋るような性質ではないが、どうにも未開の地での興奮を抑えられなかった。

 女子生徒の方は、特に変わった素振りを見せない。

「野球やサッカーや陸上、バスケにバレー、といった運動系全般は揃っていると思います。文化系で言えば、吹奏楽部やパソコン部や囲碁将棋部などがありますよ。変わり種、と言ってはなんですが、ここの新聞部は面白い記事を取り扱っていますね」

 女子生徒は、にこにこと、ただ質問に答えるだけだ。

「変わり種?」

「はい。変わり種、です」

「どういったことなんでしょうか」

「少し待っていてください」

 そう言って席を離れ、図書室の隅にあった箱から一枚、新聞を取り出してきた。

 机の上に広げて、一つの見出しを指差す。


 【青布の正体見たり】。


 細い指の先には、そう書かれていた。

「青ヌノ?」

「青マント、って皆はそう呼んでいます。この学校、というかこの街に伝わる都市伝説とでも言えばいいのでしょうか。個々の新聞部はそういった噂話の類を取材しては、掲載しているんです」

「正体見たり、って割には、根も葉も見られないんですけど」

 目撃現場についての情報と、主観的な意見が記載されているだけだ。これといった写真はどこにもない。その内容は次のとおりである。


 ――時刻は午後十時十分のことで、月光を返す深い青色のマントを、カメラに収めて皆様に届けることができず、遺憾の意である。青マントについてはご存知で無い方も――。


「真相は記者のみぞ知る、ってわけでもないんです。地元のニュースでも取り上げられたり、写真が出回ったり、町中や病棟での目撃例は多くて、都市伝説の中では有名なんですよ」

 えっへんと自分のことのように反り返ってみせた。

「都市伝説っていうのは、複数あったり……って、それはあるに決まってますよね」

「興味は、なさそうですね」

 女子生徒は口をすぼめる。

「いやっ、そんなことは」

「実際に見てみないことには、ですよね。急にこんな話を聞いて、うわーすげーびっくり、って反応されたら、逆にこっちのテンションだだ下がりしちゃいます」

 新聞を畳み、目を細めてからかう。

 如月は逃げるように視線を時計へと移した。

「は、はは。それじゃあ俺は、この辺で」

「あっ、お名前お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「如月です。如月満」

「私は田中と言います。なにか学校生活で困ったことがありましたら、たまにここにいるので、聞きにきてくださいね」

 無言で会釈をして、如月はその場を立ち去る。

 田中は、その背中を静かに見送り読書へ戻った。



 日はもう傾き始めている。

 職員に礼を言いに行き、そのついでにトイレへ寄る。

 トイレの清掃は隅々まで清掃が行き届いており、手洗い台の、幅広の鏡も曇り一つない。

「都市伝説って言えば」

 洗った手を拭きながら、口端を持ち上げてはひとりごちる。

 鵜呑みするには、ひっかかることが多すぎる話だ。

 先日に蘭が言おうとしていたことこそ、都市伝説のことであったわけだが、やはりどこまで広がっていようと、噂は噂の域をでない。

 一蹴するように鼻笑いが出た。ピクニック気分での引っ越しだったのなら信じていたのかもしれない。


「オイ、オマえ」


 シンと静まり返った空間に、篭もったような声が響く。

 左右を見ても、誰もいない。

 だが声はした。確かに、独り言に返事をした声の主が、そこにはいる。

「マエだ、マえ。マァいいか。チョっと代ワれ」

 鏡の方から声がする。

 一瞬の出来事だ。

 如月の眼前にある鏡から、次は、人の腕が伸び出てきた。

 その腕は、如月の襟を引っ掴んで鏡の中に引きずりこむ。

 如月の身体は前のめりになり、鏡を貫通していく。

 無事に鏡の向こう側へ通り抜けると、鏡は水面のように波紋を生むだけで、他の痕跡を一切も残さない。



4.

 代わって鏡から出てきた女子がいる。その女子はおかっぱで、紫のやがすりの小振袖と、胸元まである藍色の袴に黄色の袴下帯、という大変、古めかしい容姿をしていた。

 彼女もまた都市伝説の一つ、いや一人だ。名を花と言うのだが、入れ違いとなった如月が聞けるはずもない。

 鏡を一瞥してから、花は軽やかに歩き出し、トイレを離れた。


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