エピローグ
駅のホームで、多くの人がまばらに横たわっている。
「母さんも父さんも、勝手がすぎる」
まだ眠っている蘭の横に腰を下ろし、如月は電車の軌跡に手を伸ばす。
その隣に富田が立って、目線の先を追った。
朝焼けに当てられ、一筋の塵が宙を舞う。海の境界線まで伸びる光は、だんだんと崩れていった。
「如月くんのお母さんだったんだ」
富田がぽつりと口から漏らす。
「人様に迷惑かけて、なにやってんだほんと」
「現実的な話をすれば、キミが自治体のボランティアなりなんなりに参加すればいいじゃないか。人の血を吸って周っていた私に、言えた義理ではないけれど」
「考えておく。バイトもあるし。あぁ、思い出せるのかな、忘れたって言ってたけど」
「大丈夫だよ。私も、キミのことはっきりと覚えてるし。忘却はきっと、あの事故の真似をしても迷惑がかからないようにっていう、計らいだったんだと思うよ」
如月は首を回す。
隣にいる蘭を見て、それから富田に目を移す。
澄んだ白色の肌は、如月がどの時に見たものよりも、陽光に混じり淡く照る。赤い眼は、行く先を示すかのように、まっすぐ遠くを見つめていた。
しばらくの間、目を奪われる。
富田は風で乱れる短い髪をかき分け、花見でもしているかのような如月に気づいた。
「ん? なに?」
「綺麗だなって、いや深い意味はなく、単純に。単純に、うん」
「そ、そう……」
空に浮かぶ塵も消え、二人は顔をそらした。
「蘭や舟山くんや安部さん、それに会長。俺のこと知ってる人には話そうと思う」
「ちゃんと話せるのは、良いこと」
「俺は着いていかなかったから、やるだけのことはやるつもりでいる。でも、折れそうになるときもある。だから、そうなってしまったときは」
言葉を遮るようにして、富田が正面に立つ。
細くけれど力強い手を掴んで、如月は立ち上がった。
互いに握りしめて、固い握手を交わす。
「そうなる前に、力を貸すよ。頼りないかもしれないけれど、それでも傍にいたい。というか、キミは目を離すと何をしでかすか分からないもの。断られても、付け回す」
「お手柔らかに頼むよ」
「……キミのおかげもあって、蘭と元通りになれた。ありがとう」
屈託のない笑みを見せる。
蘭が目を覚まして二人を抱き寄せるまで、見えない十字に照らされて伸びる二人の影は、交わり、繋がったままでいた。




