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第七話「キサラギ」 2

2.

 二両編成の電車がレールもなしに車輪を回し、機械な音を上げて星降る空に駆け出した。

「満くん!」

 電車の落下地点にいたはずの如月はいない。電車につぶされたわけでもなく、影の一つも残さずにひび割れた地面から消失していた。

「ねぇ今のっ? 今のなに、あれ電車!?」

 隣で足を止めた富田の耳に、蘭が叫ぶ。

 富田は電車を目で追っていた。電車の速度と自分の飛行速度を比較して、追いつきそうにないことを知る。少しでも高い位置に登ろうと、今度は周囲を見回した。

「如月くんが連れていかれた。私は今から、あれを追うから蘭はここに」

 服の裾を引っ張られ、蘭の方を見る。

「私も行く。私も連れて行って」

「いやちょっとそれは、私一人でもギリギリ届くかどうか」

「行きたい。いますぐ会ってお礼が言いたいの。助けようとしてくれて、私と伊佐美を引き合わせてくれて、いくら感謝してもしきれないよ」

「……いややっぱり、だめだよ。何が起きるか分かったものじゃない。すぐに連れて戻るから」

 話している間にも、明かりの点いた電車は空高く昇っていく。

迷っていては、空の星々と見分けがつかなくなってしまう。

 唇を噛み、富田が羽を広げた。蘭の手が迷いを見せたときに、振りほどこうとする。

 遠吠えが聞こえた。一度目は耳を掠めただけだが、二度目は聞き逃さない。すぐさま蘭の手を取り、身体を抱きかかえ、近くの塀へ、家の屋根へ、電柱の天辺へと飛び移る。

 電車に合わせて、全力よりも一歩手前の力で空へと飛び出す。

「吸血鬼よ! あれに投げつければいいんだな!」

 吹き飛ばされるのではないかと錯覚するほどの声量が、背中にぶつけられた。

 後ろに現れたのは、狼人間。その巨椀が横に伸びる。

「ありがとう李さん!」

「って二人っ? あぁもう、とにかく頼んだよ!」

 富田は李の腕を足場にして、またその振るわれた腕の力を使って、一直線に電車へ飛んでいく。

 夜空を走る電車の屋根に乗る。天井はまさに星の海。目を奪われそうになりながらも、蘭を下ろしてから、すぐに電車の側面に移動して窓を蹴破る。

 蘭も身を屈めながら、その後を追う。側面まで行き、富田の手を借りて、車内に入った。



 外は真っ黒で何も見えない。窓は夜の黒ではなく、墨の色で塗りたくられている。

 誰も座っていない赤い長椅子が続き、二両編成であったはずの電車は、前に後ろにいくら車両を移動しても延々と続き、全く同じ車内が連結していた。

 線路を走っているわけでもないのに、電車は揺れてガタンゴトンと音を鳴らす。

 いつのまにか蹴破っていたはずの窓もなくなり、富田は足を止めて眉をひそめた。

「まずいな。私が人じゃないから、なのか?」

「うぅ、伊佐美ぃ」

 隣で蘭が涙ぐむ。富田の服の裾を強く掴み、身体の震えを抑えている。

それを見て、富田の肩の力が抜けた。

「それ見たことか。大人しく待っていればよかったんだ」

「だって……うう」

「ほら行くよ。如月くんに会いに行くんだろう?」

 蘭に手を伸ばしたときに、電車が大きく跳ねた。まさかと思って前方を向けば、椅子に座る人影が見える。蘭の手を取り、走った。

 次の車内には人がずらりと、椅子に腰かけていた。皆一様に、目を瞑り眠っている。

「ねぇ、この人たちは……?」

「フヨーダイの人たちだよ。少し前から、この電車に人がさらわれていたんだ」

「え? そんなのニュースじゃ見なかったけど」

「忘れるんだ。さらわれた人のことを綺麗さっぱりね。この電車が、なんでそんなことまでしているのかは、分からないけれど」

「忘れる……それって、その、さっき言っていた如月くんって人も、そうなのかな」

 ばっと振り返る。

 蘭は苦笑いを浮かべていた。如月満もまた例外ではなく、人の記憶から消えている。

 冨田は車内の人間の顔を見渡した。分からなかった。誰が如月満なのか。ただその存在をおぼろげに覚えているだけで、人相や背格好まで綺麗さっぱり忘れている。

 忘れているという自覚があるだけマシだと考えるほかなく、一人一人の顔を見て回るがやはり分からない。

「伊佐美は覚えているの?」

「彼がいたという事実は覚えている。でもそれ以外はさっぱりだ。なにか、なにか手掛かりを見つけないと」

 如月と初めて出会った日から、順々に思い返していくが、そのすべてに靄がかかっていて声音も仕草も、忘れてしまっている。

 気色の悪い感覚ではあった。中途半端に効いているのは、忘却の対象が人であり、富田には吸血鬼の血も流れているためである。

「吸血鬼……そうだ、そうするしかない」

 冨田は一人の人間の前に立ち、その手を取った。

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