第六話「爪痕をなぞって」 4
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腹に穴を空けた天狗は、木に寄りかかりながら人を探す。
「天命とは言ったが、それほど大層なものではない。私は私で、大切なものを守りたかっただけなのだ。そのためにも偽装と、それから吸血鬼の更生は必要不可欠と見た。許せ、転入生」
落下の衝撃で半分割れた仮面から、顔をのぞかせる。横たわった如月を見つけて、その隣に腰を下ろした。
目覚めたばかりの如月には、天狗の顔の判別はつかなかった。ただ聞いたことのある声に耳を傾ける。
「天狗は目がいい。無論あのとき吸血鬼の姿は見えていたし、少し前、駅の方にある男の姿を見た。まるでどこかへ向かうかのような足取りの男を」
肘をつき、何度か地面に顔をぶつけながらも、如月は立ち上がった。
「肩を貸そう。なに、腹は気にするな。出来るだけ、急いだほうがいいかもしれんからな」
どこをどう歩いたのか、分からないまま、天狗の手を借りて目的地に向かう。
次第に意識を取り戻していき、天狗から離れると走り出した。すぐによろめき、塀に身体をぶつけるが、それでも前に進む。
家について、それから鍵の開いた戸を引く。明かりのつかない、酒臭い廊下をすぎ、居間の戸に手をかけた。
開かない、かと思えば、自分自身の体が扉を押さえつけていただけだと気づく。意識の起伏を経て、扉が開く。居間には父がいた。床には酒瓶が転がり、テレビは大音量でなにかを唸り、机は部屋の隅に寄せられている。
視線があちこちに移ってから、また父に戻った。
父だったものに戻った。
天井に器用に結ばれた縄と繋がっていた。まるで遊んでいるかのようにゆったりと回転し、顔が合う。
如月はよろめいて、廊下の壁に背を預けた。
泥のようにその場に沈む。いづれ来るであろうことは、母がいなくなったその時から、予想はついていたのではないのか。父ともっと話をするべきではなかったのか。自問するが答えは出ない。
血を吐き、腹が焼けるような感覚と手足のしびれに襲われる。同時に痙攣する腕を体に引き寄せ、言いようのない寒さに身を震わせた。
真っ白になった頭で、まるでイモムシみたいに這いずり、外へ出た。考えることを止めたがっていた。壊れそうな身体を動かして、とにかく遠くへと行く。意志などなく、そうするしかなかった。
カンカンカンと鳴る踏切の音を聞きながら――。
「如月くん!」
家の塀を越えたころ、道の先から富田と蘭が走ってきていた。
「嫌な予感がしたの! 花も置いてかれていて、天狗も倒れてるし!」
はっきりと聞こえたその声も、次第に踏切にかき消されていく。
頭が割れるほど大きくなって、たまらず寝返りを打つ。空を仰ぎ、音の正体を見つけた。
富田の言っていたことは間違っていなかったのだと、納得と諦めと、それから渦巻く感情全てが、飛来する鉄の箱に押しつぶされた。
電車が空から降ってきたのだ。
電車は塀を崩し、地面を抉る。地上に降りたのはほんの数秒で、再び空へと走り出した。




