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家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~  作者: うるいあ
3章 平民の実習期間

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57 耳の先

「俺は、……サラが、獣人を虐げる存在だって思ってた。

俺の誤解だった。思い込みだった」


急にどうしたの。

ぽかん、きょとんの私は大混乱で、テル君を見つめた。

当の本人は頭を垂れて、もちろん目だって合わすことができない。

小さな空間は、魔法の白い光で部分的に明るい。前世の世界の電気式の灯火よりも、はるかに柔らかい光だ。うっすらとオレンジが交じるような、温かみのある光だ。そしてゆらがない。限りなく自然で、だけれど人工的な光。やっぱりファンタジーは不思議だ。

テルくんの白髪は、そこで小さく揺らめいた。小刻みに震えているからだ。


「よく、わからないのだけれど」


謝罪が、っていう意味じゃなくて、状況が。

助けを求めたのは、事情を把握していそうな他の二人だ。だけれどヨーイ君もスタ君も、あーあ、と頭を再び抱えただけだった。

ぽた、と机の上に雫が落ちた。

うっそ、泣いてる?!


「あの、本当にどうしたの?! 別にもう怒ってないわよ」

「そこが問題なんでしょ」

「いっそ怒られたほうがマシかも」


うんうん、とテル君以外の二人が掛け合うのも、意味がわからない。

身動ぎするにも音が響きそうな、嫌な沈黙に居場所がない。


「俺、は」

「とにかく、誤解は解消されたんでしょ。だったらいいわ。

世間の評判が悪いのは知っているし」


だいたい絶対正義の美少女戦士にはならない、天使なアリアたんの前において、私は悪役、怪獣、魔王の手前の雑魚ボスなのだ。真の魔王は私の命を奪ったり永久奴隷化の闇の精霊ね。これは譲れない。

とにかく、乙女ゲームの「マカリ」でも、今世でも悪役令嬢なのは変わらない。そこはもう覆すことはできない。

それよりも、今の「サラ」を、信頼してくれているなら、それでいい。

私の、ユーフェミアの最悪の結末を、今一歩ずつ崩している最中で、その一歩を支えてくれてるのがこの三人だ。もちろん三人は、そんなこと知らないから、私がどうしてこんなに嬉しがってるのがイミフなのは当然なのだ。

とにかく、精一杯生きられる環境を整えてくれている、この三人は許す。


「最初に会ったときとは違うもの」


あの時はマジ体育館裏に呼び出すレベルで苛立ったけどね。


「そう、いうところ、大っ嫌いだ」


ついには涙を拭って、声をつまらせた。

ええええ。

しかも嫌いなの?

だめだ。若者の気持ちがわからない。


「俺が」


メガネに涙をつけて、テルくんは私を見つめ返した。――ようやく、目線があった。


「俺があんたを嫌いだったのは、深淵の森の領主に暴言を吐いたって聞いたからだ。

こういう噂は、すぐに広がる。

同じ、虐げられた種族であればなおさらだ。

見える?」


テルくんは、モシャモシャの髪をかきあげて、私の方向に耳を向けた。



ああ。

私は唐突に理解する。

思えば、この子はずっとフードをかぶったままだった。

知られたくなかったんだろう、――髪に隠れるほどの特徴だけれど、気づかれないに越したことはない。

そういう世界だ。

そういう世界だったことを、あの頃の私は知らなかった。

教科書だけの知識で、家庭教師の上辺だけの口上をそのまま受け取った。

だから最初からあれだけ嫌われてたんだ。


テル君の耳。

途中までは、人間の耳で、先にしたがい、白い毛で覆われた――それは獣の耳だった。



「テル君……獣人だったの?」

「獣人、じゃない。中途半端な半獣だよ。能力もほとんど残ってない」

「すっごい耳いいくせに、何言ってんだか」


スタ君がぺし、とテル君の額を叩いた。

様子を見て、いつもテル君に八つ当たりされているヨーイ君がニヤリと笑った。

笑ってる様子を見られてるから、あとでまたテル君に怒られると思うよ。

でもきっと、端に滲んだ涙も見られてるから、いつもの馴れ合いになるだけだろうけど。


「そうなのね。

でも、獣人の能力の優れている部分は、戦闘に関する身体能力だけではないわ。

確かにあれはかっこいいけれど。

詠唱で形にする、という魔法は得意じゃないけど、属性ごとに魔力を体の一部にまとわせたりもできるのよね。

属性による身体機能の強化! 私一度、冒険王の闘技大会で見たわ。

あれはあれで、かっこいいものね。男の子なら憧れるに決まってるわ」

「――茶化すなよ」


熱く語る私に、目を赤くしたまま睨まれた。よし、いつものテルくんだ。

私もちゃんと説明する必要がある。


「茶化してるんじゃないわ。これは私が反省すべき事なの」


本来は、こういうことを考慮して発言するべきだった。

私にとって、獣人を取り巻く状況は全て本の上の出来事で、誰かからの伝聞だった。

偏見もない代わりに、配慮に欠ける。そう、今なら気づくことができる。

だからちゃんと、謝罪したい。

謝罪して、失墜する権威なんて、私はもう持ってないんだから。


「私の不用意な発言が、貴方たちを苦しめた……だから、恨まれても仕方ないわ。

獣人と人は、そもそも相容れず戦争をした時期もあった。それは私には遠い過去でも、テル君や、他の獣人たちには違ったのでしょう」


今でも、獣人に荒っぽい仕事のイメージがあるし、入場制限もかかりやすいらしい。

関税もきびしく、定住化は難しいと――知識として知ってはいた。

だけど実感したのは、この街で暮らすようになってからだ。

やっぱり教科書の暗記だけで乗り切ろうとしたところに、次期王妃教育の限界を感じる。

本来はそれを家族の愛や友情や、婚約者の相談や経験者の叱咤激励が加わって、実地研修プラスでリスク回避のためのヒヤリハット表がチャート式であああああああああ!

違う。途中から下級階層の前世の職場の黒歴史が……知っているよ……そんな世界は夢幻、すべては理想の果。

本人に能力がなければ、聖地にはたどり着けない。

そんな現実が、前世にはあった。

二回目の転職先はまだマシだったけど。


現世は現世で、ままならない信頼関係に、自律できない幼い自分。突き放されて我儘で身を守る。ああ、人生ってままならない。でも今が一番楽しい。これから先が、一番楽しめる予感がしてる。

そして、これから先を生きられるよう、大嫌いな私に平民のことを教えてくれたのは、この三人で――テル君なんだ。


「私も、テル君に謝罪します。テル君、ごめんなさい。

 そしてかつての私への謝罪を受け入れます。

――できるなら、私が憤った理由があったと、思ってくれたのなら、それでいいわ」


友好関係を結ぶために――その条件を整える交渉をするために遊学に来たその人を、罵ったのは私なりの理由がある。


「私には、非難する資格があると、その時は思っていたの」


けっきょく空回り、だったんだろうけれど。

無理に笑うとわかってしまうらしいから、私はちょっと眉をひそめた。



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