50 図書館の妖精
「なんだと……この小娘」
睨みつけて臨戦態勢。こんな圧力は、特に問題にならない。プレッシャーなんてかけられ慣れてる。王の謁見の間より、学園の冷たい視線より、敵意がわかりやすくてよっぽど良い。
「私は文字が読めなくって、本が読めるようになって嬉しくてここに来てるの。アンタは何なの?」
「お……俺の話はいいだろ。その服、教会の孤児か! なんだ学のない奴が偉そうに」
酔いが冷めてきたのか、状況が分かってきたのか、キョロキョロと周囲を見渡しだした。だけれど暴言が止むことはない。
話しぶりや身なりからして、裕福な人なんだろう。商家、とかだろうか。
「どんなに身分が高くても、ルールを守らずにぎゃあぎゃあ言ってる人が偉いなんて、私は思わない」
「なんだとお!」
男はネネルちゃんから私に標的を切り替えて、掴みかかろうとする。まあ、いいでしょう。ネネルちゃんに手を出されるよりは、よっぽどいい。殴られてから反撃するほうが、正当防衛の理由になりそう、とそのまま胸元を掴まれる。
「サラさん!」
睨みつけたまま、で男が動こうとした。
「その娘の言うとおりだ」
きれいな声が、割り込んできた。
男は動きを止め、睨みつけて、惚けてそのまま手を離した。
目を向けると、そこにいたのは、絵に描いたような美青年だった。
「……は?」
一瞬、息を忘れる。それは他の皆も同じだったみたいだ。突然現れた美しい生き物に、これまでの作業を中断して見入っている。
異常だ。
ハイド様や攻略対象を始め、貴族にはきれいな容姿の男性・女性がたくさんいた。女性は化粧でごまかせるし、――まあ、加護に状態異常を補正するような効果があるみたいだからそれは当たり前だ。
でも、この人は貴族じゃないだろう。貴族だったら、そしてこの容姿であれば私が憶えているはずだ
つややかな黒髪に、紫色のメッシュ、髪肩まであって、一つにまとめている。一本一本が絹でできているような、つややかで気品のある輝きだ。切れ長の温度を持たない視線。瞳は深い紫。ユーフェミアも紫だったけれど、それはアメジストみたいに透明感のある瞳だったけれど、こんなに深く――そして光によって色を変えるような不思議なものではなかった。ずっと見つめていたくなるような、追っていたくなるような色合いだ。人形みたいに整った容姿、ユーフェミアと並んでも遜色ない。鋭い印象で、とっつきにくいはずなのに、視線を外すことが出来ない。来ているものも平民服を少し清潔にしたくらいなのに、ここまで綺麗なら、その平凡な装いを疑問に感じて声を上げても良いはずなのに……ただ見るだけだ。
突然現れて、視線を奪っていく。
まるで妖精みたい。
「あんた、誰」
ようやく声を出すことができた。妖精みたいなその男は、ちらりとこちらに目を向けると、ふうん、と値踏みするように片眉をあげた。だけれど私の問には答えず、暴言を吐いた男に向き直る。
「どうやら酔っているようだな……少し落ち着いたほうがいい。
それに獣人を貶めるような発言は、和平協定が結ばれてからは正式に禁止されている。公に出れば罰則は免れないぞ」
そう、深く沈むような音色で言われて、青年は赤らめた頬を青ざめさせる。急に、覚醒したんだ。
「お、お、俺は別に、こんなところで、あれ」
演技なのか、本気なのか、覚醒した様子で後ずさりした。
「違う、違うんだ」
「ちょっとロイさん、あんたどうしたんだい」
どうやら知り合いらしいおばさんが、様子を見て声をかける。ちょうど今入ってきたらしい。おばさんの視線は、美青年には止まらなかった。立ち上がりかけていた図書館の職員さんにそのまま話しかける。
「ロイさんがどうかしたのかい」
「あ……獣人の、女の子にひどいことを」
「え!」
「すまない、ちょっと酔っていて。頭を冷やすよ」
言葉を残して外に出ていく。
「なんだい。――ああ、最近獣人族に取引先を取られた、って言ってたね」
「言いがかりでしょう。小さい子供にあんな風にからむだなんて」
「警備隊に報告して、注意してもらおうか」
皆が徐々に戻っていく。
私も緊張して固まっていた体の力を抜いた。
「サラちゃん」
「大丈夫? ネネルちゃん」
頭を撫でる。耳が時々当たった。おお、短くてふわふわでとても感触いい。ネネルちゃんは頭を差し出すように抱きつく。
「うん」
「サラ!」
テルくんが駆け寄る。スタ君もそれに続いた。
「ごめんなさい」
騒ぎを起こしたんだ、とじわじわと実感する。皆、ちょっと戸惑いの視線をこちらに向ける。
あれ? あの妖精みたいな人は? 見渡しても目に入らない。
「とりあえず、私ネネルちゃんを送ってくるね」
「俺も一緒に行く」
「テル、お前は動くな。ヨーイ、俺達はもう少しここにいる。
サラさん、確か午後に薬草取り行くって言ってたよね。今日は止めよう」
「うん」
「サラさん、長いセリフ話せたんだね」
「……え?」
「さっき、どもらずに話してた。平民の口調、満点だよ。
でも、ああいう争いごとはちゃんと避けないといけない。対応は、平民としては赤点だ」
言われて、ガツンと衝撃が走る。
「ごめん……なさい」
「サラちゃんは悪くないよ!」
「悪くなくても、身を守るために必要な方法があるって、話だよ」
ネネルちゃんがフォローしてくれるけれど、たしかにスタくんの言うとおりだ。
「怪我したらどうするんだよ」
「うん……ごめん」
テルくんが怒るのは仕方がない。
「とりあえず帰りましょう」
ね、とヨーイ君がネネルちゃんに話しかけた。
「ごめんね、サラちゃん」
「私の方こそごめんね」
ネネルちゃんはさっきから落ち込んでいる。暴言を吐かれた当事者なんだから、落ち込むのは仕方ないけれど、なんとか励ましたい。
手をつないで歩く。ヨーイ君が荷物を持って追いつく予定だ。こちらが悪いんじゃないけれど、居づらくなった私たちは図書館の前でよ~遺訓を待つことにした。
「そうだ、ネネルちゃん喉乾いてるでしょ」
「……うん」
「じゃあ、はい。水・水・水は甘い水」
それは絵本にあった呪文で、でたらめな言葉だ。
ただ単に、ネネルちゃんが喜んでくれればいい。
魔法使いを気取って、指先を杖みたいに動かす。そうすると、目の前に丸い球体が現れた。チョン、とそれにふれると、周囲が固まってコップみたいになる。
「すごい!」
「氷の器だから、冷たいかも。砂糖はないから――そうだ、これを入れよう」
そう言って、カバンから香り付けに干した果物の欠片を入れる。念じると粉になって、水はジュースになった。
「うわああ」
ごくん、とネネルちゃんが一気に飲み干す。氷の器の中身は、一気になくなった。やっぱり緊張して喉が乾いていたんだろう。
ぷは、と息を吐くと同時に、氷の器を蒸発させる。ネネルちゃんはびっくりして、目を見開いて手の平を見た後、私をそのまま見て、にっこり笑った。
「ありがとう、サラちゃん」
「うん」
「――仲がいいな」
だから、そんな私たちに割って入る声に、二人共びっくりした。
キョロキョロと慌てて周囲を見渡す。
「あ、さっきの妖精!」
「――妖精じゃない」
ちょっとムッとした表情で私達を見返す。
でも普通じゃないのは確かだ。
ネネルちゃんも私も気が付かないってどんだけ存在感が無いんだろう。
そう言いつつ、今は抜群の存在感だ。ネネルちゃんがイケメンオーラにやられてぽかんと口を空けている。
やばい、美貌で獣人幼女をとりこにしている。




