4 ゲームならば待ち受ける運命は死
乙女ゲームのルートでいえば、ハイド様分岐のシーンだ。断罪でうなだれる悪役令嬢「ユーフェミア」を、自分の家の縁者が迎えに来る。
「じゃあ私死ぬか闇の精霊の無限遊具? ムリムリムリムリ」
ベッドの上で縮こまり、ペチコートを引っ張り出しながら、状況を整理する。ドン、と大きな音が壁から聞こえ、おっさんたちの笑い声が響いた。ゲラゲラ、ゲラゲラ。父親子飼いの嫌がらせだ。
耳栓、耳栓も必要だ。空気の層を手のひらにまとわせると、耳にそれを持っていき、固定した。お、いいですねー、少ししか音が聞こえない。
前世で私がやっていた「恋する少女は無限大~魔法学園(仮)」通称マカリでは、ハイド様分岐の場合、数年後二人が結ばれることになる。主人公のもたらす民への慈愛、あっと目から鱗のアイデア、それを聞き形にするハイド王子。
このタッグは最強で、飢饉や伝染病に苦しむ平民や、発展がなくとどこおりがちだった貴族社会に新しい風を吹き込ませた。
対する悪役令嬢「ユーフェミア」は、断罪を受けた後、最低の道を転がり落ちる。どんどん奈落、どんどんどん底。
まず、領地の中でも隔絶された極寒の地で幽閉される。その後、攻略相手の一人――好感度次点のキャラクター――と婚約の話が持ち上がるのだけれど、それがまあ比べてしまいますよね。完全無欠天然娘で唯一無二天上天下唯我独尊のアリアさんと。ここ、攻略相手によってバリエーションがあるんだよ。甘い毒舌から率直な拒絶まで。そうなると言葉の端々にアリア上げ、ユーフェミア下げの発言。ついでにシュトレン家下げの暴言。気位の高いお嬢様のユーフェミアは、そこでキレて、挙句に相手から婚約破棄されてしまう。ま、相手はあてつけのように妹ミルフィランゼと婚約する。ちょっと待て、シュトレン家落としてたんじゃないの?
そしてユーフェミア自身は老齢の、ベッドから起き上がれないような男性と形ばかりの婚約をする。形ばかりの婚約だから、幽閉されていた極寒の地から、万年灼熱の砂漠地帯に流刑で軟禁される。スチルでチラっと出てくる彼女は、温度が高いだろうその地で、貴族のドレスを羞恥心から脱ぐこともできず、分厚い服を着たままだったっけ。でもドレスが一着しか無いのか、端がほつれてボロボロだった。また、髪を整えてくれるメイドもいないせいで、ほつれたすだれのような髪が幾筋も流れる立ち絵だ。その後ハイド様とアリアの結婚式の映像がなぜか僻地にも上映される。……そんな大量の魔力を有する魔法使いを動員できたっけ? あれ??
ま、まあそこで悪役令嬢「ユーフェミア」さんの腕の見せどころ。
復讐心からなぜか全然なかったはずの魔法の力に目覚め、不相応ながら気合とガッツで闇の精霊を呼び出してアリアの殺害を依頼する。――重い、重いよこの流れ。初めて見た会社帰りの電車の中で、ちょっと待て、ちょっちょっと待て! って思いながら駅を乗り過ごした。終着駅まで行った。乙女ゲームなんだから、軽く楽しく愉快に行こうよ!
さて。
ここから更にアリアのアベレージによって最期の最低は変化する。
前世の私の努力と攻略サイトの頑張りにより判明した分岐点である。
それは主人公「アリア」のエンド分岐でもあるからだ。
今まで積んできたそれぞれのキャラの好感度が八割以上になり各キャラの高感度数が誤差一割、通常のイベントで付与されたポイントとミニゲームをクリアすることで発生したボーナスポイントの合算が特定数を超えるか超えないか。
条件が満たされた場合は、ユーフェミアが闇の精霊と契約の際、対価として自分の体と魂を喰われる。魔法力が足りない上に、格上の相手を呼び出して願いを叶えるのだから当然だ。スチルには絨毯に赤黒く染み付いた液体と、一筋の髪の毛だけがアップで映る。そして闇の精霊はアリアを殺しに行く 。アリアはこれまでと目をつぶるが、その時、ふわふわ癒やしモンスターが精霊としてその姿を変えて応戦、闇の精霊は倒れ、そこに麗しの精霊王。かがやく光を身にまとう彼は、アリアに自分の正体を告白する。ここでハイド様を選ぶか精霊王を選ぶかの分岐が現れて、どの道アリアは末長く幸せに暮らします。
条件が満たされなかった場合。こっちも最低。そもそもユーフェミアが闇の精霊の契約の対価として永遠にかの精霊の奴隷となることを約束しなければ話は進まない。ここも分岐はあるが、形ばかりの分岐で「いいえ」を選んでもループする仕組みだ。結局「はい」を選ぶしかない。闇の精霊がアリアを殺しに行く流れは一緒だが、その際ハイド様がアリアをかばって怪我を負う。光の精霊王と加護の力で撃退する。撃退、とはいえ、ただ単にその精霊は現世に出れないだけでユーフェミアの奴隷は継続。黒塗りに薄い発光体がふわふわ浮かぶ中で、その一つに捕まったユーフェミアが苦悶の表情を浮かべて、これまた黒塗りに目だけ赤い三角の精霊が、それをニヤニヤ見ているスチルが出てくる。一方アリアは、怪我をしながらもかばってくれたハイド様と末長く幸せに暮らす。かたわらに精霊王が可愛いふわふわ癒やしモンスターのまんまで、にこにこと。
ユーフェミアの最低が多すぎて、もはやどれが最低なのかゲシュタルト崩壊。
絶対嫌。
この選択肢、どれも絶対嫌。
私は生きる。そして美味しい食べ物をいっぱい口にし、浴びるようにあこがれのファンタジー世界を堪能する!
ふざけんなお前ら私の人生なんだと思ってんだよ!
まあいい。
私はすべてを思い出したのだ。温かい前世の記憶。現状の違和感の正体。未来への道筋、それを支える知恵。
そしてそれを活用できるのは、微弱ながらも魔法を扱うことができる現世の私。
よく我慢した、よくぞ耐えた私。一度は絶望に身を委ね、毒薬を口に含んだけれど、よく生き延びた私の体。そりゃあ吐瀉物まみれではあったけど、すっきりできるくらいの魔法が、私にはある!
ありがとう魔法、ありがとう英才教育という名の狂行。あと加護のおかげで生き残れたと思えば、虐待寸前の母親の精霊の加護ですら嬉しいわ!
ワタクシこれほど人に感謝したのは初めてよオーッホッホ。
せっかくこんな素敵なお嬢さんになれたのだから、オーッホッホに合う決めポーズを取りたいんだけど、病み上がりでは流石に無理みたい。
制服のワンピース・ドレスが、なんでこんなに重いのか。コルセットはこの世界では形骸化してただの下着並だからいい。問題はペチコート広げるための骨っぽいのやつだ。本来軽量化の魔法が付与されているはずなんだけど、これ意図的に切られてる? 術式込めた魔法石が抜かれてる? 貧乏貴族の娘じゃあるまいし、そういうところで魔法の節約するなんて、だっさーい。
周囲に魔法具の暖房設備がないせいで、石畳の部屋はひどく寒いです。
まあドレスが重くても、着ないという選択肢はなし。
だって、これさ、お情けで保温効果の魔法がかかってるんですもん。
汗をかいても即日浄化するための清浄効果の魔法も付与されているので、マスクにはぴったりですね。
唯一切り取るのに懸念がありますが、あら不思議。私の部屋には、綺麗な小さいナイフが設置されています。えー、死ねってこと? えー。残念私は生きます。もう前世思い出してから、ファンタジー世界を生きる気満々ですから。前世以上に長生きするよ。




