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家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~  作者: うるいあ
3章 平民の実習期間

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43 その容姿は過去のこと


私の容姿について、事情を把握したのは二日前。

総教会の執務室だった。


「ヨーイルスル、テルミルテ、スタット、この三人の任務に付き従い、市民の生活を覗いてみてください」


そう提案されたのは、ゆるやかな日差しがゆらめく午後のこと。難しい書籍がたくさん並び、山積みになった書類には、流麗な文字が踊る。日差しは紗の入った薄い布で遮られ、淡く机や床に光を移していた。

立ちっぱなしの私は、椅子を勧められて腰掛けた。向かいに総司教様のたっぷりとした布が広がる。つややかな真珠色、金色の刺繍、青いシャツは呼吸の度につやめく。


「任務、ですか」

「ええ――市民の生活を覗くことと、教会と近隣の図書室にあるはずの書籍を調べて欲しい、と願いしています。こういったことは珍しくありません。あの三人は巡礼に出るような年齢ですが、――とある事情で教会の精霊学に特化した学院にて学習することになっています。その前段階の、調べ学習といったところでしょうか」


あの三人、そんなに優秀なの?

疑問が顔に出たのか、総司教様はふ、と口元を緩める。目元の皺が深くなる。


「その際に、たまたま教会で保護した少女に市民生活を体験してもらおう、という話も回数は少ないですけれど、珍しい話ではありません」

「……そうですか」

「貴女が向かう街は、ドレステンといいます。首都ほどではありませんが、住みよいところです。最近、近くにダンジョンが出現し、冒険者が集っていますので、少々奇異な行動をしても許容の範囲でしょう。領主の加護が深く浸透し、潤沢な資源に満ちている安定しています」

「――ええ、存じております。そうですか、ダンジョンが……」

「ええ、ちょうど一ヶ月前に」


学園内に縁者がいたくらいで、直接の付き合いはなかったけれど、あそこの領主は覚えている。ユーフェミアは元王妃候補だ。夜会やら茶会で領主に会うこともあった。首都に準ずる地方都市ならばなおさら、きちんと特長を覚えておかなければいけない相手だった。

ホクホクと、赤ら顔のおじさんで若い奥様が見目麗しい。嫁いでから更に輝くようで、と自慢していた。ふふん、とだらしなく下がった鼻の下を見ながら、扇の向こうで微笑んだ覚えがある。


「ユーフェミアさん」

「はい」

「今、貴方に名前はありません。次にお会いする時は、名付けの儀式です」


そんなことを唐突に言われて、背筋に芯が通った。

名前――そうか、名前も変わるのか。

当たり前だ。シュトレン家から隠れたいのに、そのまんまの名前なんて危険すぎる。外見が変わっても、特定まっしぐら。ユーフェミアとかユフィーとかキラキラネームではないけど、結構珍しい名前だから。


「ええ――考えておきます」


言いながら、候補を幾つか立てる。アンジェリカ、ローラ、シンディ……だめ、なんか派手。

どうしようかな。どの道、姿が変わってから書き換えるなら、まあ、猶予はあるだろうから気長に考えよう。普通の人達って、どんな名前なんだろう? ベタな名前がいいな。その方が見つけにくいだろうし――でも、可愛い名前がいい。

早く外出たいのは山々だけど、気づかれるリスクを考えると、体がすくむ。

顔に傷でもつければ紛れるかなあ。――いやいや、それだと私だって万が一判明したら、その後の目印になる。

目の前の総司祭様に気を配りつつも、私は保身のために来るべきリスクをぐるぐると考えていた。

お母様、引いたけど、諦めてくれるんだろうか。

今の私に、シュトレン家の令嬢としての価値はないはずなんだけど、それでも何の抵抗もなく手放すような人たちじゃないと思う。

意地汚いというかなんというか。私の行動を自分たちの失敗にカウントして、それを無かったことにするために必死になってる、って感じだろうか。私が戻ったら私の失敗、でも戻らないうちは自分たちの不手際にカウントされることを危惧している? うーん、何度考えても、あの人達の行動原理はわかりそうでわからない。根本でわかりたくない。

何より、強制力っていうのが怖い。

あれよあれよと思いながらも、急にフラグが立って、千年一人いいえ唯一無二のアリアたんのハッピーエンド試練の一部にされたらたまらない。

私はにごった窓を見つめた。教会の窓ガラスは少し曇っている。視覚錯誤の魔法が練り込んであるのか、夜でも姿が見えない。

裕福な――シュトレン家みたいな――家ならともかく、一応この世界では鏡は贅沢品なんだろう。現在の私の身の回りに、鏡はなくて、自分の様子を見ることはできない。

ただ、この執務室には大きな姿見がある。


「総司祭様、鏡を見てもよろしいですか」

「――貴女の姿は、これから大きく変わります」

「ええ……もっと早く変わってくれればよかったのですけれど」


ため息を付きたいくらいだ、私が顔をしかめると、総司祭様は驚いた様子で首を傾けた。


「早く、――ですか?」

「ええ。私の姿は目立ちますから」


目は難しいけど、髪は染めればなんとかなる、と思いたい。そして徐々に色が変わればいいんじゃない?

あーでも目で探されるな。きっと。

髪は切ったおかげで、だいぶ印象は変わってると思うんだけどね。さっぱりしたし。それに最近の生活で結構ゴワゴワしてきて、まあ良く言えばまとまりやすくなったっていうの? 

あの髪細いのにかったなー。するするさわり心地はいいんだけど、固定しにくいのでピンをコレでもかというくらいに刺し、固定の油分をベッタリとつけて、それを香り付きの髪飾りでフォローして、編みこみで頭の皮膚を引っ張るから、負担がすごかった。

軽減の魔法? それはもう死活問題だったから開発に力を入れましたよ。でも魔法がうまくきかなくて……思えばそれって怪我の治療の時と同じだから、きっと母親の加護に波のせいだよね。自分を覆う魔力値と精霊の加護にからませるような形でほかの人の魔力を合わせて、その対比表とか作ったな。あー、あの技術もデータもクランシーと共有してたんだった。妹が使うわ。残念無念、執着の意味なし。オッケー忘れた!

とにかく、客観的に見て、自分の容姿は特殊だし、母親の加護が抜けたからって、今日明日にすぐ変わるもんじゃないだろう。


「――容姿が、変わるのですよ」


その意味を知っているか、と目の前の総司祭様は心配そうに私の顔を覗き込んだ。総司祭様が近所の犬散歩してたおじさんくらい親しみ部かく見える。


「ええ、仕方のないことです。母の告白には驚きましたが――ですけれど、容姿が変わるのでしたら、平民に紛れるまたとない機会ですわ」


それが当分先だとしても。

と、思っていたんだけれど。


「そう……ですか」


そう言って、総司祭様は立ち上がった。私の手を取り、誘導する。

それは、鏡の前だった。

大きく、四角い簡素な鏡。壁面に設置されたそれは、私が座っていた位置からでは、自分の姿を確認できなかった。

総司祭様の助けで、正面に立つ。

短く切りそろえられた髪の色は赤く色づいていた。

驚きに目を見開く、その色は――濁って、まだわからない。

ただ、もうアメジストの色ではない。濁った茶色に、薄く――目をこらせば薄く、緑色がのっている。

「もうすでに、貴女は変わり始めています」

鏡越しの総司祭様は、一歩下がって私に頭を下げた。



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