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家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~  作者: うるいあ
3章 平民の実習期間

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40 はじめてのおつかい


がやがやと、人の声がする。

「これは安いよ、今日はいった新鮮野菜だ」

「おすすめ? そうだねー、今日は『アカナベ』が倒したレットベアーがあるよ」

「ルルの実、エルゴ・ニュ地方のルルの実だよ、領主の加護がたっぷりの、油の採れるルルの実はこっちだよ!」

朝、日差しは軽くて、過ごしやすい時間帯のはずなのに、人が多いせいか熱気で溢れて汗ばむくらいだ。

市場には沢山の人が溢れている。赤、青、黄、紫に緑。目に入る人たちの色が眩しい。服も、容姿も、置いてるものも、全てがいろんな色に溢れている。普通に白色の肌の人もいれば、褐色の肌とか、陶器みたいな青白いの肌の人もいる。金髪碧眼、黒髪黒目、茶髪とかに混じって、奇抜な肌、髪、目の色の人達がいる。獣人だって目の端に映るし、さっき通った道では、モンスターを従属させているらしき人もいた。冒険者かな? この街は、近くにダンジョンがあるらしい。

通りに差し掛かって、今いるのは普通の人たちだ。鎧を着たり、ローブをかぶったり、以前の私みたいにドレスを着るような人たちじゃなくて、少し汚れた、生地の荒い服を着た、平民と呼ばれる人たちだ。今日は土曜市? みたいなものらしい。地方都市のこの街の市場は大きい。色々な領からの品物が揃うと聞いた。市民たちの通常の買い物はお店で、食事なら自炊よりは食堂を探すべし。自炊するのは珍しいけど、干し肉や黒パンと安いワインで過ごすのもあり。でもそればっかりだと変わり者に見られるかも。

今日みたいな定期市で美味しいものが手に入るなら、それを見つけるのは市民の楽しみ。

私も平民の格好をしている。エプロン付きの、シンプルな普段着。フリルは申し訳程度、色は汚れが目立たない茶色と深緑。でもボタンが可愛いの。ちょっと大きめの白いボタンが胸元にぽんぽんぽんってあって、それが可愛い。

持っている買い物かごは、空っぽ。底に一枚メモが入っている。内容は憶えたけど、見ながら探さなきゃいけない。平民が覚えている文字は簡単な単語と、数字。読み物は辞書を片手に――いや、好きになればそれも問題ない。興味の範囲と必要性によって、識字率には差が出る。

スキップするみたいに、体は軽い。目線は泳ぐように、だけれど大事な物――預かったお金、鞄、ポケットを気にかけること。行き交う人の波をすり抜けないこと。同じ歩幅で、紛れるように歩くこと。

「今月は余裕があるから、髪飾りを買おうか」

「え、うれしい! ありがとう」

流れる景色の中に、寄り添う笑顔。

「首都の魔法学校、平民の編入を強化するそうだよ」

「ああ、王子様と平民姫の?」

世間話にびくびくしないこと。微笑ましいと笑うこと。

「えー、それは嫌だよー」

「俺はコレ嫌い」

「はあ?」

一人の時は、二人、三人のグループの後ろにつくこと。

トン、と誰かがぶつかる。手が当たる。探る視線に即座にはたきおとす。それは相手にも気づかれないように――だけれど、侮られないように。

「お、すまないね」

違和感を与えてしまって、ぶつかった相手がこっちを見た。俺はスリじゃないぜ、とその苦笑いは伝えている。そうね、とこちらも笑い返す。

大丈夫、大した問題じゃない。相手は人の波に紛れた。

声が響く。誰かの笑い声、可愛い女の子が可愛い男の子と連れ立って走る。びゅん、と風みたいに、遠くに行く。

「俺がまおうだーーーーー!」

「私は平民姫様! ひざまづけーー」

そうしている間に、誰かが食べているパイの甘い匂いがした。どこかで売ってるのかな。買い食いはまだ早いだろうか。

早くご飯が自分で買えるようになりたい。

「リンゴー、フィロイ産のリンゴだよー」

道角は果物屋さんだった。リンゴ、そうリストの中にあったはず。なるべく酸っぱくて、大きいものを選ぶこと。

立ち止まる。急な動きだったのか、後ろの誰かがつまづきかけた。

「い」

口を動かすと、自分が緊張していることに気が付いた。

「ん? どうしたんだい、買うのかい?」

売っていた小太りのおばちゃんが、顔をしかめる。平凡なおばちゃんの髪はエメラルドグリーンで、朝方の光を受けてキラキラしている。

「リンゴが十個、いくら?」

手を広げて前に出す。

無愛想には無愛想に、愛想が良くても無愛想に。言葉と同時に動作も出すこと。

背筋は正さず、足は少し開けること。

「お、お客さんだね! そうさねフィロイ産のリンゴなら五個で銅貨十枚」

「いらない」

「ええ? 今一番加護がいい具合のとこだよ」

「酸っぱいのがいい」

「なんだい、パイでも作るのかい」

「……」

答えて良いものか迷う。そうしている間に、おばちゃんはこちらの様子を見て、端に寄せられてるリンゴを見せてきた。どん、と重そうな音がして、少し土埃が舞い上がる。

「ま、見目は悪いけど地元のリンゴだよ。ホントは時期が終わりかけで、急にできたっつーんで持ち込まれて、すっぱいけど、どうだい」

さっき手に持っていたリンゴよりは、確かに見た目が悪い。ボコボコしているし、サイズもまちまちだ。おばちゃんが言うとおり、このリンゴはパイに使うって聞いた。食べたい。リンゴパイ大好き。

「いくら?」

「十で銅貨八」

だいたい相場が一個一枚。円で言うと百円から百五十円って聞いてたんだけど。うーん。もう少し安くならないのかな。

目を眇めてそのリンゴが入ってる箱を見ると、小太りのおばちゃんは、私を上から下まで見て、ああ、と納得したような声をあげた。

「なんだい、イルミの教会の新人さんかい」

びく、と背が伸びる。どうしてわかったんだろう。私が動揺している間に、おばちゃんは急にぱっと花が咲くみたいに笑って、私の背中をドンと叩いた。

「じゃあ、一箱持っていきな。銅貨十枚、もってけドロボー」

あはは、と自分の言葉に笑う。

「一箱?」

「不揃いで十八個。フィロイ産のよりは小ぶりだからね」

「……」

敬語を話すくらいなら、単語で区切ること。詰まったら、考えているふりをすること。

まだ、市民の言葉のストックが少ないうちは、下手にしゃべらないこと。

だったらちゃんと学んでから、って食い下がろうとしたら、ヨーイ君がいい笑顔で「実践あるのみでーす」って言われてムカついた。あの子って、時々すごい馴れ馴れしい。

「余ったらそのまんま食べるか、ソースにおしって、伝えときな。酸っぱいやつは苦い野菜と一緒に擦ってスープにするのもいいよ。まあ、あそこの料理係ならよく知ってるだろうけどね」

「わかった」

まあ、別に予算を越えているわけでもないし、処分に困るなら私が食べよう。この体になってから、すっごいお腹すくし。この果物屋さんの前ですら、いい匂いが漂っていてやばい。私には宝石箱やで。くうう。

そう思ってると、ぐう、とお腹がなった。

「おや」

「十枚、あります」

恥ずかしくて、財布から銅貨を慌てて出す。

余裕があるなら、一枚一枚、確認しながら渡すこと。財布の銀貨は見えないようにしておくこと。

確認しながらって、やっぱりぎこちないかなあ。なんかおばさんが手元見て笑ってる気がするんだけど。

「はい、十枚確認しましたよ」

よしよし、と頭を撫でられた。解せない。

「……」

「じゃあ、これ、ちゃんと持てるかい?」

箱ごともらえるなら、余裕。

そのまま掴んで持っていこうとすると、後ろから手が伸びた。

それは私より小さい手で、でも見覚えのある修道士の服。

ち。

振り返ると、案の定三人組が私の後ろから手を出していた。一人は横について、もう箱を持ち上げている。

「俺が持つ」

ぷい、目線が合わない反抗期のズッコケ眼鏡のテル君。

「テル君かっこいー」

茶化すのは、のんびり屋なのか皮肉屋なのかよくわからない細い目のスタ君。

「ちょっとスタ、茶化すなよ、テルがすねるだろ……痛っ! なんで俺を蹴るんだよっ」

そんでもって最後に、必ずいじられるそそっかしいヨーイ君。絶対テルくんに蹴られたり殴られるよね。って言うかテル君はなんで眼鏡なのに殴る担当なんだろう。

「手が塞がってるからだよ!」

「あらあら、ちゃんと男勢がいたんじゃないか。あんた達! 年下だからって女の子ほっぽらかすんじゃないよ!」

急におばちゃんが怒り出した。私としては舌打ち案件なんだけどな。審査の先生がフォローに入ったってことは――ダメだったのかしら。はじめてのおつかい。



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