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家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~  作者: うるいあ
2章 教会生活

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36 二倍じゃなくてもっと


小さな女の子が泣いている。

しゃがみこんで、丸まって、泣いている。


あたりは暗闇に包まれていて、本当は歩くのも怖いはずなのに、どうしてだろう。

そう思うと、その子の体が光っているのに気が付いた。

「蛍みたいね」

オスだけが光るはずなのに、と笑う。

そこでもう一つ、気が付いた。自分も光っている。遠くにあるその子と同じように、暗闇にいるのに細部が確認できる。

目の前に手をかかげる。左手の甲に、白い傷痕――小さい頃、兄と彫刻刀で遊んでいて、拍子についた傷だ。あの時はたくさん血が出て、そのことに驚いて固まったままの私を見て、兄が乙女の悲鳴をあげた。

そう、そのまま「おかああああさああああん!」って大声で呼んだんだった。

傷は深くて、その時から――死ぬ時まで傷痕は残ってしまった。


前世の私の体。

あの時と同じ、就活中のスーツみたいに色のない服。

少し歩いたら、泣いている子どもの側に行くことができる。

私は一歩、足を踏み出した。


ひっく、ひっくと喉を引きつらせながら、小さい女の子は泣いている。

はらはらと、涙が光って落ちている。

自らが薄く光を纏う。水色から灰色の髪が、肩にかかって泣き顔を隠している。昔は三つ編みハーフアップにしていた、と思い当たる。アザレアみたいに深い紫色のドレスは、子ども用と言うよりは、大人の装いを小さくしたようだ。


女の子は続ける。

「好きだって言ってほしかった」

「そうだね」

唯一、好きだと言ってくれたのはハイド様だけだったね。

それも――今となっては。

「ハイド様」

あのファースト断罪の場の、冷えた視線を思い出す。

「……お母様、お父様――ミルフィー」

言う事に、子どもは少女に、少しずつ少しずつ、成長していく。瞬きの間に変わる姿。色とりどりのドレスに、派手なメイク、そして最後に、学園の制服であるワンピースドレス。

「頑張った、って。よくやった、って。すごいね、間違ってた、ごめんねって。

――無理な話だわ」

うずくまっていた少女がひとつ、ため息をついた。

「私のこの姿は、偽りだったのね」

涙を拭いて、彼女は立ち上がった。

前を向く。私たちは見つめ合う。すこし、私のほうが背が高い。

「だけどきれいだよ。

自分で自分にそれ言うって、すごいナルシストできもいけど」

あと恥ずかしいんだけどね。

そう言うと、彼女は目を見開く。すこし、唇を開くと、笑みを浮かべた。

「貴女も、愛嬌のある顔をしているわ」

にやり、その笑みは少しだけ皮肉を含んでいる。そりゃあそうだ。彼女に比べたら、私なんてそんなそんな。

「あらそう。気に入った?」

「ええ、あちらの世界も楽しそうだった。肉まん、あんまん、回転焼きにチョコレートパフェ、チーズドリアにお好み焼き、ハンバーガーにミルクレープ、まわるお寿司にソフトクリーム。とても安価で美味しいものが、あちらには溢れているのね」

「ごめんなさい、低給金で」

即謝った。土下座。DOGEZAが私の謝罪の最上級。

お嬢様に食べた記憶見られるなら、もっと贅沢なもの食べとくんだった!

キャビア、フォアグラ、トリュフ、牛カツ、満漢全席、一粒三百円のチョコレート……いけない、全然お食事のレパートリーが思い浮かばない。

混乱して頭を抱える私を見て、ふふふ、と優雅に彼女は笑った。

「できれば、ケビンに作ってもらいたかったわね」

「慣れてきたら、自分でも作れるやつがあると思う」

ケビンは料理人のおじさんの名前だ。

「クランシーとコラッドには、悪いことをしてしまったわ」

「専従の契約なら、きっとすぐ破棄してくれるよ」

そもそも、教会の儀で籍がなくなったのだ。専従の契約が残っているかも危ういだろう。

「そう……そうね。あの二人なら、きっとミルフィランゼやシャルトラトを補助して、シュトレン家を盛り立ててくれるわ」

「うん」

「――キリル。

 ドロシーもマドレーヌも……大丈夫かしら」

「うん……きっと」

口ごもって、下を向く。

ああ、と彼女は気づいて笑った――悔恨を含んだ、苦い笑み。

「私、馬鹿ね」

「それは私にも否定できない。私もバカだから」

まあ、と口を押さえる。

「それはそうだわ。――私は私だもの」

「だからきっと、次の私も好きになれるよ」

どんな格好になろうと、私は私だからね。

「そうね」

そうね、とその言葉はこだまする。

闇がひび割れて、少しずつ光が差し込む。きっともう時間だ。

私は勢いをつけて立ち上がった。ぴょん、と体が跳ねる。

深呼吸をして、彼女の前に手を差し出した。

「行こうか」

「ええ」

私たちは手を取り合った。

そこから、私たちは溶けていく。

一緒になって、もう別々には戻らない。

なんでかそれが分かっていて、私たちはそれが嬉しくて笑いあった。

「どうしましょう、今度こそモンスターを倒せるかしら」

「私はそれより市街のご飯が楽しみかな」

うきうきと、声が響く。

「どっちにしろ、私と貴女が一緒に行くんだから、二倍楽しいよ」

「違うわ」

ユーフェミアの声が響く。

今まで聞いた中で、どれよりも明るくて温かい声。

「きっともっと、楽しくなるわ!」

ああ。

よかった。

あの子は笑っている。

楽しみだって――私と一緒に。



薄っすらと目を開ける。

ぼやけた世界は黄緑色の光を帯びている。

倒れたあと、ベットに連れてきてもらえたらしい。

寝返りを打って、窓に視線を向けると、外に木々が揺らめいているのが見えた。

新芽がたくさんついて、光を浴びている。


ああ、もう少しで、春がくる。

新緑に透かした陽の光は、とても眩しくて暖かかった。



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