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尾行をして本当の探偵ミステリー小説を書いてみました  作者: 月潟なるせ
第1章・人探し
2/3

人探し

(※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません)

 ああ嫌だ。人探しだけは嫌なんだ。まだ盗聴器発見のために汚い床下にもぐりこむ方がマシだ。


 人探しというのは、探し人の方から出てきてくれる場合を除けば簡単に解決するものではない。おまけに人員が必要なので、他の調査に手が回らなくなる。何と言ってもそれが一番の痛手なのだ。


 なかなか見つからない場合、それだけ多くの調査費用を徴収できるのが利点ではあるが。


 それにしてもこのクソ暑いのに人探しとは。ついてない。


 私はソファに腰かけたまま、素足でテーブルの上にあるシュークリームを手繰り寄せた。

足でやるのだから手繰り寄せるはおかしい。足繰り寄せる、が正解だ。


 わたしはシュークリームの袋を破ると、一気に半分くらいかじった。


「うおっとっと」


 勢い余って中からクリームがあふれそうになるのを、舌の先ですくいあげる。


 私の背中のほうからは高速ブラインドタッチの音がカタカタと響き渡っている。

 ソファに腰掛けたまま、背中も首も思いきり反らせて上下逆さまに音のするほうを見た。


 丸メガネをかけた、いかにもオタクみたいな風貌の彼は、私の気も知らずに黙々と作業を続けている。


「所長、足で物を取るなんて、はしたないですよ」

「ずっとインターネットしてるのかと思ったら、見てたのかよ」

「今はインターネットじゃないです。宣伝文を書いてるんですよ」

「宣伝文?」

「ネットに載せる宣伝文ですよ」

「今インターネットはやってない、って言ったじゃない」

「なんでですかー。文章書くだけならネットにつないでなくてもできますよー」


 よくわからん。私は「いんたーねっと」にはうといのだ。


 彼を雇ったのは正解だった。彼が事務所に来てからというもの、調査の依頼は以前の三倍にもなった。


 「あふぃりえいと」とか「ぴーぴーしー広告」とか。よくわからないけど、彼はそういった難しい方法でインターネット上に広告を載せているらしい。

 この前は「広告は信頼感が大事ですよ!」とか言ってわざわざ私の写真を撮りに写真館にまで出かけさせられたのだった。そしてその写真をホームページに掲載しやがった。まったく。


 どこの誰がわたしのことを見て信頼を寄せてくれるというのだろうか。

 しかしわたしの思いとは裏腹に、依頼は日を追うごとに増えていったのだった。今ではこの事務所で最も仕事に貢献しているのは彼に違いない。


 私はソファの破けた部分からはみ出たワタをつまんでみた。依頼も増えていることだし、そろそろこいつも買い換えようかな。


 とはいえ、依頼が増えたといっても、先ほど来た依頼人はあまり喜ばしい客ではなかった。

 私は依頼人の資料を見返すことにした。ソファの端に投げてあった紙を、足の親指と人差し指の間にはさんで引っ張る。


 年齢は十九歳。

 都成野大学二年生。

 住所は神奈川県川崎市。

 それから出身高校名。

 そして顔写真。

 あとはほとんど白紙だった。

 趣味だとか、親しい友達の名前、将来の希望など何も書かれていない。


 これだけ少ない情報だとすぐには見つからないのではないか。

 先が思いやられる。

 ちなみに、依頼人からは探し人の携帯電話の番号と連絡用アプリのIDも教えてもらった。

 が、電話してみると、(この番号は現在使われておりません)と言われ、連絡用のアプリには一切反応がなかった。


 私は依頼人について考えてみた。


 黒のハット帽を目深く被り、四角い黒縁の薄いサングラスをかけた女の人。

 黒地の花柄ワンピースの上に、白のカーディガンを羽織っていた。腕には本革たぶんの手提げポーチ。首元に光る緑色の大きな宝石がやたらと目立っていた。

 資料によれば、年齢は四十六歳らしい。


 探し人は実の子供。

 しかしこの情報の少なさである。

 子供の趣味も知らない。

 親しい友人も知らない。

 将来の希望についてもまったく知らない。


 子供にあまり関心のない親、ということだろうか。その関心のない子供を探して欲しいという頼みなのか。

 いくら関心がなくとも、行方不明となると気になるものか。

 そういった親はよくいるものだから、まあそんなものかな、と特に不思議に思うこともなかったが。


 警察に届け出ないのか、と依頼人に問うてみても、「勝手に家を解約してあったのだから、たぶん誰かのところにでも転がり込んだのでしょう」と、なんだかいい加減な返事だった。

 自分の子が家を引き払ったことさえ、最近まで知らなかったという。

 ちなみに、事件性がなければ警察は探してくれないので、母親の判断は当たっているかもしれない。


 変な話だな、とは思ったが、とにかく依頼されたことをただこなすだけだ。われわれに課せられた使命はそれだけなのだ。


「やれ、よっこらせ」

と言って立ち上がると、うしろのメガネくんがまた小言を言う。


「なんでですかー。そんな言い方してるとおっさんみたいですよ」


 私はソファにひざを乗せ、背もたれに両腕をつき、身を乗り出して彼を覗き込んだ。


「うるさいね。どうせもうおっさんだよ」


 この子の「なんでですかー」という口癖はどうも耳に残ってしまう。

 なぜか「なんで」の「で」の部分に強いアクセントがあるのだ。

 なんかそれが耳に残ってしまう。

 そろそろ抗議しておかないと夢にまで出てつぶやかれそうだ。


 メガネくんは私を一瞥すると、すぐに目を逸らしてしまった。


 ふん、と私は鼻を鳴らすと、裸足でソファの上に立ち上がり、背伸びをした。

 それから左手を腰にあて、右手で天井に向かって拳を突き上げたあと、

「とう!」

と言って、ひょいっとスリッパのある位置まで飛んだ。


「あとは任せたよ」

「どこ行くんですか?」

「大学」

「大学?」

「人探しだよ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 私はハンカチで汗をぬぐった。化粧が取れるではないか。


 今日は昨日の大雨から一転、快晴だった。

 気象庁は梅雨明けを発表しないのだろうか。この空はどう見ても梅雨が明けたような気がするのだが。


 夜中には強風が吹き荒れていたが、今日には何事もなかったように無風である。風があったほうがいくらかは涼しいのに。


 あーあ、これから夏本番というのに人探しとは。

 正直あのメガネくんがうらやましくなる。

 あの子は涼しいクーラーの中で仕事ができるのだ。

 しかしそれくらいの待遇があってもいいくらいに、彼はうちに貢献してくれているのも事実である。


 私は大学の門をくぐった。


 思ったよりも広いキャンパスだ。

 都内の大学であるからそれほど広い校舎であることは想定していなかったのだが。


 これでは余計に先が思いやられる。

 広いということは、それだけたくさん歩かなければならないということだ。

 世間はもうちょっと老人に優しい都市モデルを構築すべきなのだ。


 子供を狙った事件をマスコミが面白おかしく取り上げるせいで、昔ほど大学は開かれなくなったと言われている。

 とはいえ、この大学は出入りだけなら誰でも自由にできるようだ。

 いわゆる「地域に開かれた大学」というやつだろうか。

 門をくぐった時にも、警備員にも何も言われなかった。


 校内の建物をいくつか見渡してみる。


 正門から見て左手にある背の低い小さな建造物は事務局か何か、学生が講義を受けるのにはふさわしくなさそうだ。


 学生はどこにいるだろうか。

 

 右側には小さな芝の広場があり、その奥には細長い五階建てのビルが見える。

 学生が講義を受ける建物とはああいうのを言うのだろうか。


 近づいてみると、建物正面の扉が開け放してあった。簡単に入れそうだ。わたしは試しに中をのぞいてみた。


 今日は快晴であるためか、中の電灯もつけられていなかった。

 扉をくぐってみると、光の当たらない場所には影ができていたので、わたしはそこで一度涼むことにした。


 どうせならクーラーも欲しいところだったが、少なくとも廊下には設置されていないようだ。

 ハンカチで汗をふいてから、背にしていた壁のほうを向いてみると、学校内の様々なお知らせが貼られていた。


 わたしが欲しい情報はあるだろうか。探してみたが、ここにはないようだった。


 わたしが掲示物に目をやっていると、入り口から女子大生三人組が中に入ってきた。

 わたしのことをジロジロと見てくる。


 なんだ。この格好、おかしかったかな。

 大学にいてもおかしくないよう、それなりに若作りしてきたつもりだが。

 普段は着ない、変装用のワンピースまで着てきたというのに。

 もしかして目立ちすぎなのだろうか。


 あまりこちらから目を合わせすぎるのもどうか、と思ったので、横目で確認していると、三人全員が口元に手を当て何やら話しながらすぐ横の階段を昇って行った。何度もこちらを振り返りながら。


 ううむ。わたしの悪口か。

 こんなかわいい花柄のワンピースまで着てきたというのに。


 まあいいや。今日のところはまだ様子見だから問題ない。


 わたしはビルの入り口から外に出ると、そこから見える他の建物を見回した。

 今いる建物の入り口は階段が五段あり、少し高くなっているため、キャンパスを広く見渡すことができる。


 少し背伸びをすると、向かって右ななめ奥のほうにひときわ目立つ建築物を発見した。

 白を基調とした洋館のような、ほぼ正方形の建物だった。

 他の建造物がやや細長いものが多い中で、その建物だけは入り口に何本も柱がしつらえてあるあたり、威厳が漂っている。


 背伸びをやめると、左の足元がグキッとなった。慣れないヒールなど履くから足をくじきそうになったのだ。

 わたしは機能性を重んじる(たち)なのでこんなものは基本履かないのだ。

 だいたい探偵という職業は、長時間の尾行に耐えるため、普通ヒールは履かない。


 左の足首をさすってから、わたしはいま見つけた重厚感のある建物に向かって歩き始めた。


 芝生を避け、コンクリ詰めの歩道をコツコツとヒール音を鳴らしながら歩く。

 少しだけ坂道になっているので、慣れないヒールの影響もあり、いつもよりさらに歩くスピードが遅くなる。


 途中、学生数人とすれ違ったが、皆わたしのほうをジロジロ見てくる。いますれ違った男の子なんか、わたしと目が合った瞬間に慌てて目をそらしやがった。

 どうも今日のわたしの格好は目立ちすぎているようだ。

 学生でないことがバレるのは、あまりよろしくない。

 お目当てのものが見つかったら、さっさと退散するか。


 先ほど見つけた荘厳な建物の前まで来ると、遠くから見るよりもよっぽど大きな普請(ふしん)であることがわかった。

 入り口はこの建造物の三階分をぶち抜くでかいガラス張りであり、その前には何本も柱がある。

 近くで見ると、コンクリートではなく大理石調の石で出来ているらしかった。


 外からは、学生たちが窓際の席でペンを持っていたり、パソコンを広げていたりする姿が散見された。

 これは大講義室のたくさん入った校舎だろうか。ここなら時間割を見つけることができるかもしれない。

 わたしは正面入り口の自動ドアをくぐった。


 中に入るとクーラーが効いていて涼しい。

 と思ったのもつかの間。

 入って右の壁にある受付らしきところから、おばさんがわたしのことを睨みつけているではないか。

 やばい、部外者とバレたろうか。

 

 そのまますぐに退散するのはおかしいので、わたしは場所を間違えた振りをすることにし、その場で一通りあたりを見渡してから大げさに首を傾げ、回れ右をした。


 なんだ。

 いま見渡してみてわかったのだが、ここは図書館だったのだ。

 ここでは時間割を見つけることはできないかもしれない。

 わたしは背中におばさんの視線を感じながら図書館をあとにした。


 ううむ。あのおばさんに睨まれたおかげで寿命が縮まったような気がする。


 わたしは早くも帰りたくなってきた。


 ため息をついていると、図書館入り口から見て右ななめ前にある構造物の入り口に、「経済学部」の看板がかかっているのが見えた。


 なんだ。学部ごとに校舎が用意してあるのか。

 しかし最初に入ったビルにそんな表示はなかったはずだ。

 あれば真っ先に気づくだろう。


 自分の大学時代を思い出してみる。

 教養の授業と学部専門の授業で校舎が違うのだろうか。

 そんなこともあったような気がするが、あまり覚えていない。

 もっと他の建物も見てみよう。


 すると、キャンパス全体にチャイムが鳴り響いた。

 そういえば、さっきからそこら中にいた学生の姿をほとんど見かけなくなった気がする。

 授業開始の合図だろうか。


 いろいろな建物を見渡してみると、学部名が書かれてあるもの、学部以外になんの施設か明記されているもの、そして何も書かれていないものと、三通りに分かれていることがわかった。

 その中に「理学部」の名前も見つけることができた。


 いま探している人物も理学部在学中である。

 わたしは「理学部」と書かれた校舎内に入ってみることにした。


 この校舎は木造らしく、床も木で出来ていた。

 入り口入ってすぐのところに大量の靴が脱ぎ散らかしてある。

 見ると、透明な長方形の箱の中に、青いスリッパがたくさん積まれている。

 どうやらこの建物は土足厳禁らしい。


 廊下奥のほうに視線を向けると、(いかだ)みたいな木の板が床全体に敷かれているのが見えた。

 この上をスリッパで歩け、ということか。

 わたしはヒールを脱げることが嬉しくなった。

 靴を脱ぎ、周りを見回してから、立ったまま右ひざを曲げて、右足裏の匂いを嗅いでみた。

 うん。大丈夫だ。


 ヒールを放り出し、スリッパに履き替えた。


 板敷きの上を歩くと、カタカタと板の音が響くことに気がついた。

 授業中だとしたら、遅刻者だと思われるだろうか。


 わたしはなるべく音を立てないよう、ゆっくりと歩くことに方針を変更した。

 玄関のすぐ横に階段もあったが、まずは一階を見て回ることにし、まっすぐ廊下を進んでいく。


 いくつか教室らしき部屋があったが、四つ目の扉までは閉まっていた。

 中からは先生と(おぼ)しき人の声が聞こえてくる。


 四つ目の扉のすぐ隣に五つ目の扉が見えた。

 わたしは一度足を止めた。

 五つ目の扉が開いているのが見えたからだ。

 わたしは再び歩き始めた。

 ゆっくりと、あまり音がしないように。

 本当は無音がいいのだけど、どうしても板の音がカタカタ鳴ってしまう。


 扉の前を通過する時に横目で中を確認する。

 生徒が何人も、先生らしき人に向かって机についているのが見えた。

 ちょうどわたしの進行方向に対して向かい合う形に彼らは座っているため、ちょっと横目に見ただけでも、何人かがわたしのほうを見ていたのがわかった。


 やはり先ほどのチャイムは講義開始の合図だったのだ。


 五つ目と六つ目のドアは同じ教室の扉だ。

 六つ目は閉まっており、七つ目と八つ目も閉まっていた。

 ここまで教室の全ての窓は閉まっていた。

 クーラーをかけているのだろうか。

 窓が閉まっていなかったら、わたしの姿は教室の中から丸見えだったことだろう。


 そこでわたしは歩みを止めた。

 奥のほうに受付らしき空間を見つけたからだ。


 一番奥の左側にやはり玄関らしきものが見え、その右側に受付のようなスペースが見える。

 ような、というのは、ここからだと単に空間があるだけで、その空間にせり出してある板の上に、何かを案内した紙が束ねてあるのが見えただけだからだ。

 ここからだとそれ以上はわからない。

 もしもあそこに、先ほどの図書館にいたようなおばさんが鎮座していたら、やりにくくてかなわない。


 わたしはきびすを返し、元来た道をまたゆくことにした。


 先ほど見かけたドアの空いていた教室から、今度は先生と(おぼ)しき人物の姿を横目で確認することができた。

 生徒たちの視線を感じたような気がしたが、わたしは気にせず板の音を鳴らしながら、なんとか先ほどヒールを脱いだ入り口まで戻ってきた。


 そこのすぐ横には二階への階段も見えるのだが。

 どうしようか。上も見ていくか。

 わたしは数秒ほど悩んだものの、このまま出ていくことにした。


 対象者、つまりこの場合は探している人物のことだが、探し人はこの学部に通っているのだ。

 ここの学部の子たちに見られすぎるのは後々まずいのではないか。

 それに、今日のわたしの格好はどうも目立つらしい。

 余計に認識されやすくなる。

 後で「あのとき廊下を歩いてた人ですよね」なんて言われたらやりにくい。

 そう思ってわたしはヒールに履き替えた。


 履き替えている間に、玄関にひとりの男の子が息を切らせながら入ってきた。

 わたしはなるべく彼の顔を見ないようにしていたのだが、ちらっと見た限りでは、やはり彼もわたしのことを見ていたのだった。 

コミカルな人探しのシーンがしばらく続きます。

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