【プロローグ】尾行シーンがメインの衝撃の探偵小説!
プロローグの尾行シーンです。
なるべく本物の尾行を忠実に再現したつもりです。
作者自身が探偵経験者です。
(※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません)
対象者たちが交差点を右に曲がり始めると、わたしは同じ角を曲がらずまっすぐ行くことにした。右の目の端でターゲットたちを逃さないよう、目線だけは常に彼らを追いつづけながら。
それから、わたしも曲がり角を過ぎようかというタイミングで、ゆっくりと体を右に向け、彼らのあとを追った。
すでにわたしの右斜め前方には江藤がつけている。
わたしは対象者たちに振り向かれても視線が合わないよう、彼らの足元だけ見てついていく。女の派手なワンピースの柄がかろうじてわかるくらいの距離で。
彼らから目を離さないようにしながら、わたしは少しだけ先の方向を見上げた。そろそろ飲み屋街の中心部に着こうとしている。
ターゲットの男女は、男が左、女が右で腕組みしながら歩いている。
男のほうが前方を左手で指差しながら、女のほうを向いて何か話している。
それから男は一度左腕を下げたが、また腕を上げて前を指さし、また腕を下ろした。
それを見てわたしは少し早歩きになり、対象者たちとの間合いを詰めた。右にいる江藤も同じように対象者たちとの距離を詰めたのが見えた。
突然、対象者二名が振り返った。しかし、わたしは彼らの足元を見ていたので目線が合うことはない。
次に二人は、車道を左側へ斜めに移動して行き、あるレンガ調の雑居ビルに入っていこうとした。
そこでわたしは一気に早歩きになり、対象者たちにほとんど肉薄した。
彼らを追い越し、雑居ビルの奥にあるエレベーターのボタンを押した。
背後から対象者たちの足音が聞こえてくる。特にターゲットの女はヒールを履いているので、靴音が狭いビル内に響く。
足音が止まると、わたしは背後に彼らの気配を感じた。
エレベーターの扉が開くと、わたしは先に乗り込んだ。彼らもあとにつづく。
わたしは
「何階ですか?」
と彼らに聞いた。
女のほうが
「四階です」
と微笑して言った。
わたしも笑顔を返して、「閉」のボタンを押すと、そのままエレベーターのボタンの前に立った。
少しだけ女の顔を見たが、厚ぼったい唇に真っ赤な口紅を塗っていた。髪はカールさせて厚く盛っており、エミリオプッチみたいな幾何学模様のドレスを着ている。
男のほうは少し頭髪が後退しており上下黒のスーツだ。鼻が大きいのが特徴で、目は優しそうな垂れ目だった。
エレベーターが四階に着くと、わたしは先に降り、狭い廊下を奥のほうへ向かうことにした。この階には三つ店舗があるようだ。
わたしはフロア真ん中のお店の扉を思いきり開け放った。
扉を開けるとのれんがかかっていて中はよく見えなかった。わたしは横目で対象者二名のことをチラチラと確認しながら、わざと大声で、
「田中さん来てますかあ」
と店内に向かって叫んだ。
対象者二名が腕を組みながらわたしのうしろを通過して行った。
わたしはのれんを右手で押し上げ、中を覗く振りをしながら、対象者たちに顔を向けないようにしつつ、目線だけで左側に対象者ふたりのことを確認した。
店の奥から店員らしき人物がタオルで手をふきながらこちらにやってくるのが見えた。
対象者の男女二名はエレベーターから一番遠い三番目の扉の前で立ち話している。
わたしは店員に向かって、
「すみません、間違えました」
と言って店の扉を急いで閉じた。
ビルの四階フロア内に、何者かの階段を駆け上る音が徐々に響くようになった。
わたしはエレベーターのほうへ行き、エレベーターのすぐ正面にある下り階段を降りようとした。わたしの右斜め正面に、対象者たちの姿が見える。
わたしが階段の一段目を下り始めたとき、男女が店内に入っていくのを確認した。
ターゲット二名の入って行ったドアがほぼ閉まりかけたところで、わたしは階段を下りるのをやめた。
階段を駆け上る音がさらに大きくなっていき、目の前に江藤が現れた。足音の主は江藤だった。江藤はハンカチでひたいの汗をぬぐっている。
わたしは江藤と四階のエレベーター前に移動した。
「あの奥の店に入った」
わたしは対象者たちの入っていった店を指差した。
「わたしはエレベーターの中で見られてるから、江藤、行ってくれる?」
「了解しました。あの店は、バーでしょうか」
「おそらく」
「なら、録音できそうですね」
「うん。お願い」
「任せてください」
「こっちは車両用意しておくから」
江藤は右手の親指を立てると、ウィンクして奥の店へと向かった。
わたしはエレベーターのボタンを押した。
一階に降りると、先ほどよりもあたりは暗くなっていた。
わたしはスマートフォンで連絡用アプリケーションを立ち上げると、事務所にいる調査員に車両を回すよう要請した。長時間の張り込みに備えてのことだ。
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三十分後、ワンボックスの軽自動車が店のある雑居ビルの前にやって来た。
わたしが近づくと、運転席の窓が下がって、キレ長の鋭い目つきのお姉さんが顔を出した。
「巴さん、あそこのコインパークに停めて待機しておいてください」
わたしは対象者たちの通って来た方向の先にあるコインパーキングを指差した。
「了解しました」
巴さんはそう言うと窓を閉め、車を発進させた。
あたりはすっかり暗くなっていた。しかし、飲み屋街の奥では、ネオンや街灯の明かりで昼間みたいに明るくなっているのが見える。
そこで胸ポケットに入れたスマートフォンが震えたので、スマホを取り出し、画面を見ると、江藤からだった。
「会話をいくらか録音しました。映像も少しだけ撮れました」
静かなバーの中で映像を撮ったというのか。あまり無茶はしないで欲しいが。使ったのはネクタイ型のカメラかもしれない。まあ彼なら大丈夫だろう。
バーのような静かな空間であれば、尾行している対象者たちの声も拾いやすいというものだ。
騒がしい居酒屋であれば、録音は難しい。
わたしは巴さんの運転して来た車に移動することにした。
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さらに三十分後、江藤から連絡があった。
「そろそろ対象者が出て行きます」
わたしは軽自動車の後部座席を勢いよく開け、巴さんに言った。
「また連絡します。それと、長時間の張り込みに備えて、二台目を準備するかもしれないので、終電が近くなったら事務所に戻るつもりでいてください」
「了解しました」
巴さんの威勢の良い声を聞き終わると、すぐにわたしは車を飛び出した。
先ほどの雑居ビルの前まで来ると、わたしは対象者たちが通って来た方角に向かって歩いた。飲み屋街の中心部から外れる方向だ。
ターゲットたちが出て来たときに、彼らに顔を見られないようにしようと思ったら、中心部とは反対の方角で待ち伏せるほうがいい。
彼らはこれから飲み屋街の中心部に向かう可能性が高いのだから。
もっとも、それは可能性であるに過ぎない。
彼らがわたしのいるほうに引き返して来ることは、充分にありえるのだ。他人の行動をコントロールすることは出来ないのだから。
わたしは使用されていないお店のシャッターの前に背を向けて立つと、スマートフォンをいじる振りをして対象者たちのいる雑居ビルを横目で確認した。
江藤が出て来た。そして、彼もわたしのいる側に向かって来くると、同じように張り込みを始めた。江藤とわたしはそれぞれ離れて見張ることにした。
江藤が出てから数分後、対象者の男女二名が雑居ビルを出てきた。予想どおり彼らは飲み屋街の中心に向かっていく。今度は男が女の腰に手を回して歩いている。
わたしは彼らの背中が完全に見えてから、ゆっくりと彼らの尾行を再開した。
無論、振り返られても大丈夫なように、足元を見て尾ける。
男は黒の革靴、女はかなり高いヒールのシルバー色をしたミュールを着用している。
飲み屋街の中心に行くにしたがってどんどん人は増え、いまや車道のタクシーや乗用車のゆく手を阻む人が多く見られるようになってきた。
わたしは対象者を見失わないよう、人が増えるにつれてターゲットとの距離を詰めることにした。走っていけばすぐに肩を捕まえることができるくらいの距離まで近づく。
わたしと対象者二名の間を、ひっきりなしに人が横切っていく。わたしから江藤の姿は見えないが、うしろからついて来ているはずだ。
対象者の二人は片側一車線の道路から、車がなんとか離合できそうなくらいの狭い路地へ、右方向に入って行った。
わたしは一度そのまま道を素通りし、交差点が終わろうかというところでスマホを取り出し、彼らのほうに体を向けてから画面を見るよう装った。
江藤がわたしよりも先に路地に入っていくのが見えた。
対象者二名は、ある店の前で立ち止まった。江藤からはどんな店か見えているはずだが、わたしからは微妙に死角になっていて見えない。
そこで、わたしも対象者たちのほうに向かってゆっくりと歩き始めた。目の端で対象者のことを見ていると、周辺のお店よりもひときわ明るくバカでかい白地の電光看板が見えた。
直視すると、目が慣れないせいか、自然と目をつぶりそうになるくらいにまぶしい。
右側にはシェイカーを持ったスーツ姿の女のイラストが描かれてある看板で、「素敵なOL」と真ん中に黒い文字で大書してある。
シティホテルの正面入り口のような自動ドアが開くと、対象者二名はそのお店の中へと入って行った。わたしのいる場所からは、入り口奥がどうなっているのかは見えなかった。
わたしは周りを見回した。お店の正面から見て、斜め左方向にコインパーキングがある。
ちょうど雑居ビル一棟分だけ駐車場にしたような細長いパーキングだ。ここから見る限りだと、正面の一台分のスペースにはすでに他の車両が駐車している。
わたしはそのコインパーキングまで行ってみた。見ると、奥にはさらに二台の駐車スペースがあり、そこには一台だけ車が停めてあった。都合三台だけ停められる駐車場である。
ここの一番前のスペースが空いていれば、楽に張り込みができるのだけど。
江藤がわたしの隣にやってきて言った。
「お店の出入り口はあそこだけみたいです」
江藤は駐車場を見て、
「ここが空いていればいいんですけどね」
と、わたしが思ったことをそのまま口にした。
「どうしましょう」
「この車の横に、正面から突っ込むしかない」
「やりますか」
巴さんを呼び、コインパーキング正面に停めてある車の横に、頭から車を突っ込んでもらうことにした。つまり、奥にある二台の駐車場を塞ぐ形で車を停めることになったのである。
路地から見ると、わたしたちの車は鼻先だけパーキングに突っ込み、車両の後部が路地側に出ている格好になった。
隣には路地に向かって正面を向いた、誰かのセダンが停まっている。
通常こうして張り込む場合は誰も乗っていないところを装うため、車のエンジンは切っておき、運転席と助手席は空っぽにするものだが、この場合は駐車場のスペースを塞ぐというありえないことをしているため、少しでも人待ちをしているよう装おうと、運転席には巴さんを座ってもらうことにした。
もしも、警察車両でもやってきたなら、すぐに移動できるようにしておく必要があるからだ。しかし、そのおかげでクーラーを入れることもできるので、車内は涼しかった。
わたしと江藤は変装することにした。
特にわたしは先ほどエレベーターの中で対象者たちに見られているため念入りにする。
わたしはほぼベリーショートの髪型だが、車内に置いてあったボブカットのウィッグ(カツラ)をつけ、ついで赤い縁のメガネをかけることにした。江藤も黒の伊達メガネを着用した。
わたしと江藤は、車のうしろにある荷物置きの空間に座ることにした。
そしてわたしは家庭用のホームビデオを取り出し、江藤は三脚に望遠レンズを装着した一眼レフカメラを乗せて、共に対象者たちの入って行った店舗入り口のドアに照準を合わせた。
この車両の後部にはすべて真っ黒なスモークガラスをつけてあるため、外から中を認識することはできないようになっている。
「あの看板が明るすぎて、逆光になりますね」
江藤がぼやいた。そうなのだ。普通、夜間の撮影は光量が足りないために、写真や映像にはノイズがちらつくものだが、明るいところなら夜でもキレイに撮れる場合もある。
対象者たちがあの店から出てくれば、あの明るい看板が逆光になって、肝心の人物の顔は暗くなってしまうだろう。
わたしのビデオカメラはオートで明るさを調整してくれるが、江藤のほうは露出を明るい看板に合わせてしまえば、人物の顔は黒くつぶれてしまうだろう。
カメラというものは、明るいものに露出を合わせると、相対的に暗い部分は黒くつぶれてしまう。ここでは対象者たちの顔をある程度明るく撮る必要があるため、暗い部分に露出を合わせる必要があるが、カメラは暗い部分の認識が苦手なので、果たしてうまくいくだろうか。
そんなことを考えていると、わたしたちの車両をじろじろ見ながらポケットに手を突っ込んでサングラス姿の男が近づいてきた。
わたしは、やばいか?と身構えた。警察ではなさそうだが。
男はわたしたちの車の奥にある駐車場に行き、停めてあったステーションワゴンに乗り込んだ。
「巴さん、バックで店の前までつけてください」
わたしが指示を出すと、
「了解しました」
と言って巴さんは車をバックし始めた。
「うわ」
急発進したのでわたしと江藤はうしろに尻もちをついて、危うく後部座席に後頭部をぶつけそうになった。
店の前につけ、先ほどのステーションワゴンが駐車場を出て行くと、巴さんはまた同じように駐車場に頭から車を突っ込んでくれた。
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そのさらに二十分後、今度は駐車場正面に停めてあった車が出て行き、めでたくわたしたちの車両はお店斜向かいのコインパーク正面に停めることができた。
もちろん駐車場に正面から頭を入れ、お尻を路地側に向けた状態だ。
巴さんも後部座席に移動し、椅子に腰掛けた。
しかしエンジンは切ることになったので、車内は蒸し風呂のように暑くなった。
すべての窓を、指が差し込めないほどに開けておくが、ほとんど涼しい風が入ってくるというようなことはない。
少しだけ窓を空けるのにはワケがある。それは、誰かに車内に侵入されないためだ。
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対象者たちはなかなか出てこない。もしも、あの女が店の従業員であるならば、日付が変わっても女は出てこないかもしれない。
わたしのほおを、何度も汗がつたう。その度に、わたしは持っているハンカチで汗をぬぐった。ハンカチ自体がぐっしょり濡れてきた。
わたしはスマートフォンの画面を立ち上げた。時刻は二十時三十五分と表示されている。
「巴さん、そろそろ事務所に戻って、もう一台取ってきてくれますか」
「この車はどうします」
「いつでも取りに戻れるし、入れ替える必要もないでしょう。巴さんは行ってください」
「了解しました」
巴さんは右手で敬礼すると、車を飛び出して行った。
わたしと江藤は、なおもお店の正面を見張っている。
「男だけ出てくるかと思いましたけど、こないですね」
江藤が言った言葉に、わたしはうなずいただけで何も言わなかった。
今日でこの浮気調査も終わりかと思ったが、女の出勤日であるにすぎなかったのか。
この対象者の男に関しては、すでに一度はラブホテルへの出入りの映像を押さえてあるので、あと一度だけでも撮れれば調査の終了も近いのだが。
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一時間後、ついに対象者の二名が出てきた。
「出たよ」
「オッケーです」
わたしはビデオカメラを、江藤は一眼レフカメラを構えた。
江藤は一眼レフカメラの録画機能を使用しているはずだ。それぞれのカメラの録画開始を知らせる、ピッ、という音が車内に響く。
二人はわたしたちから遠ざかる方向へ歩いて行った。
二人の背中だけが見えるようになったところで、わたしは録画ボタンを押して撮影を終了した。
「わたしはさっき見られてるから、なるべく江藤が前に出てね」
「了解」
わたしと江藤はそれぞれカメラをショルダーバッグに放り込み、それを取り上げ、ドアを開けて車外に出た。
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男は先ほどと同じ格好だ。女も格好は一緒だが、足元は靴底の薄いサンダルに変わっている。
対象者の二人は一度コンビニに寄り、飲み屋街を離れて行った。人が少なくなるにつれ、わたしと江藤は対象者との距離をとることにした。
わたしはショルダーバッグから小型カメラを取り出した。
親指の先と人差し指の先で丸を作ると、ちょうどその中にすっぽり収まるくらい小さなカメラだ。
これはスマートフォンにWiFi接続でき、スマホから撮影・録画ができる代物である(普通に市販されているものだ)。
カメラの電源を入れ、スマホから接続し、レンズ部分だけが露出するようカメラを右手で握った。
レンズ部分だけだと周りからは何を持っているのかわからないくらいに小さなカメラだ。
右手で小型カメラ、左手にスマホでカメラの画面を確認する。
そろそろラブホテルの密集している地帯だ。わたしはどうかラブホに寄ってくれ、と願った。そうすれば浮気の現場を押さえることができる。
ホテルがかなり近づいたところで、わたしは江藤と並んで歩くことにした。
これならあの二人と同じようにカップルに見えなくもない。そして、二人との間合いも詰めた。
対象者の二人がとあるホテルの入り口方向へ曲がるのが見えた。
わたしは江藤の左腕のシャツをつかみ、引っ張って彼を誘導した。対象者たちに対して、彼らの左半身が見えるくらいの位置にまで行くことにする。
江藤も左手にスマホを構えながら、右手でネクタイの位置を調整している。わたしはカップルを装うため、江藤の左腕にしがみついた。
対象者たちのほぼ左半身が見えるくらいになったところで、わたしは右手のカメラを二人に向けた。
そのとき、二人がわたしたちのことを振り返った。わたしは構わずカメラのレンズを対象者たちに向け、左手のスマホの画面に彼らの姿を捕らえた。
すると、わたしの持つ江藤の腕が重くなった。見ると、江藤は体をふらふらとさせている。
「ふわああああああ」
突如、江藤が間抜けな声を上げ始めた。
「あああああ」
と、大きな奇声まで上げ始める。わたしの持つ江藤の腕が一層重くなり、ついに江藤はその場にへたり込んだ。
「ちょっと、さとしくん、しっかりして。だから飲みすぎるなってあれほど言ったのに」
わたしは江藤の左腕を支えながら声をかけた。江藤は背も高く、体重もそれなりにあるはずなので重かった。
対象者たちが怪訝な表情をしてこちらを見ながらホテルに入って行く。
もちろんわたしのスマホの画面にはその瞬間もバッチリ捕らえられていたのである。江藤のおかげでちょっとブレたけれども。いざとなれば江藤のネクタイ型カメラもあるのだからオッケーだ。
彼らの姿がホテルの壁の中に消えていくと、急に江藤はシャキッとした。
わたしたちもホテルの中に入っていく。ホテルの壁の向こう側に到達すると、自動ドアがあった。中に入ると、対象者の二人がいた。
二人はわたしたちのことに気がついていないのか、熱心に、ぼんやりと薄暗く光る壁のパネルを見上げている。
江藤とわたしは彼らのうしろに立ち、待っている振りをした。わたしはこの間もずっと撮影を続けている。江藤もスマホを見ながらネクタイの位置を調整している。
ターゲットの男が壁のパネルの下に並べられたボタンの中から、あるものを選んで押したのが見えた。
ボタンの下には「四〇五」と表示がある。
男がボタンを押した瞬間に、奥のエレベーター横のライトがチカチカと音をたてて点灯し始めた。
対象者の二名は点滅しているライトのほうへ向かい、エレベーターのボタンを押すと、すぐに開いたドアの中へと入って行った。
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ホテル前の道は片側一車線の道路であり、おまけに歩道も少しだけあった。
巴さんにもう一台の車両を持ってこさせ、ホテルの前につけてもらう。
わたしたちは先ほどの店の前でしたときと同じように、ホテルの入り口を見張った。
ホテルの出入り口は一箇所だけだったので、比較的楽な張り込みとなった。
その後、対象者の二名は午前二時半頃にホテルを出て来た。もちろん、わたしたちはその瞬間も撮影したのである。
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江藤の運転でわたしたちは事務所に戻ることになった。
巴さんの運転する車もすぐうしろからついてくる。
わたしは助手席でシートベルトをしながら、裸足であぐらをかいてぼんやりと深夜の郊外の街を眺めた。
「バッチリでしたね。これでほぼ調査の終了は確定ですかね」
深夜にも関わらず江藤は声を弾ませている。
「そうだね。ホテルの入り口でいきなり振り返られたときは、ちょっとあせったけどね」
「いやー、所長の名演技、見事でしたよ」
「江藤には負けるよ。でも、ちょっと腕が重かったな」
「ははは、ちょっと映像ブレましたか?」
「そりゃね。でも、ちゃんと撮れたから、大丈夫でしょ」
「これで依頼人は納得してくれるでしょうか」
「それは、明日の朝になったら聞いてみる」
わたしは足も手も伸ばして思い切り背伸びをしながら、ついでにあくびもした。
幹線道路沿いの街灯が涙で歪んで見えた。
つづく
(※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません)