第九十五話「選んだ道Ⅹ」
――お前じゃ誰も救えない。ただ壊すだけだ。
かつて言われた事のある言葉が、実現されたように目の前で起きた。
ミネルヴァの投影が出現し、色濃くなった瞬間の短い一瞬だった。
彼女は喰われ、完全な龍化を果たしてしまった。止められなかった。
『覚悟しろ、人間っ……貴様と共に、この場を塵にしてくれる!』
「……亜理紗、皆を探して合流しておけ。出来るだけこの場から離れてろ」
「なっ、次は離れろと!?人遣いが荒いのもいい加減に――!?」
その止められなかった瞬間、零は次の段階へと龍紋を解放した。
龍紋を通じて深層世界へ飛ばしていた意識を戻し、それを自分の半身へと移行させた。
その影響により、彼の瞳は龍化した時の龍眼となっていたのである。
「貴方、その眼……」
「二度は言わねぇ。これは俺の判断が遅かったから、起きてしまった事態だ。お前たちが背負う必要は無い。――行くぞ、ウロボロス。まずはさっきの分とこれからの分だ」
零は一歩一歩と近付き、龍化した未央の下へと向かっていく。
ドクンと身体が跳ね上がり、頭の中がグチャグチャに掻き乱される。
片手で顔を覆いながら、目の前に居る彼女の様子を伺う。そして……。
『――私に近付くなぁ!!!人間風情がっ!!』
「風圧の威力が上がってやがるな。これじゃ並大抵の奴じゃ、相手は出来ないな」
『来るなっ来るなっ来るなぁぁぁぁ!!死ね、死ね、死ね、死ねぇぇ!!』
「龍化をしてる時って程、内側に秘めてる感情が溢れやすくなる。憎しみや不満、嫉妬心のような負の感情が、お前を絞め付ける。苦しいだろ?さっきの『助けて』が本心なら、そんな事をしなくても良かったんだぞ……」
風圧を受けながらも、零は前へと進み続ける。
半身だけ龍化している彼にとって、未央の放つ風圧は大したダメージにはならない。
だが痛みがあり、腕や足、体のあちこちには切り傷が見受けられていた。
「(あのままではジリ貧になるだけですわ。いったい何を……)」
少し離れた場所へ移動した亜理紗は、そんな事を思いながら眺めていた。
やがて零は小さく息を吐き、彼女の元へと駆け出した。
その距離は短く、容易に肉弾戦が出来る距離だ。その距離を詰めた零は……。
「未央が格闘戦が出来るかどうかは知らないが、どうやらお前は遠距離戦の方が得意らしいな。おかげで容易に近付けたし、こうして掴む事が出来たぜ。正直に言えば、後数回やられてたら気を失い掛けた可能性があったぜ」
『ぐっ……離せっ、未央の身体に気安く触れるな!』
未央の身体に触れた瞬間、零の視界には彼女の深層世界が見えている。
その奥底には、体育座りで丸くなっている本物の入江未央の姿を確認していた。
それを確認した零は小さく笑みを浮かべ、そんな彼女に問い掛けるのだった――。
◆
『おい、入江未央!聞こえてるなら答えろ!』
真っ暗な海底の中で、頭の中に響くような声が聞こえてくる。
ミネルヴァの時とは違い、ややノイズ混じりだが聞こえなくはない。
だがノイズが混じっている時点で、私としては不快な不協和音でしかない。
『おーい、無視すんじゃねぇよ!そこに居るのは分かってんだよ、無駄な抵抗はやめて投降しろぉ!』
「うるさいなぁっ!何で私が包囲されてる立て篭もり犯みたいになってるのよ!!」
『おお、やっと反応したな。今からミネルヴァを封じようと思うんだが、その方法が少し厄介でな。お前の許可が要るんだよ』
「はぁ!?別に私はこのままで良い!ミネルヴァの好きにさせれば良いじゃない!」
『そういう訳にも行くか。まだ俺は、お前の歌も聴いた事無いんだぜ?元アイドルが目の前に居るんだ、歌ってもらわないと損だろうよ』
どんな動機かと思ってしまうが、無意識に私は動揺していた。
ミネルヴァが見ている景色が頭の中に浮かんで、傷だらけになっている彼が見えたからだ。
どうしてそこまでして、私を助けてくれるのだろうか。そんな事を考えてしまう。
「別に売ってるんだから、それを買いなさいよ!」
『はぁ!?売ってる物で聴くより、生で聴いた方が臨場感あるだろうが!とにかく――』
彼が私の肩を思い切り掴んだ感覚が、ダイレクトに私へと伝わってきた。
その瞬間、浮かび上がる景色が本物のように見えてきた。そして……。
「俺はステージのお前が見てみたいんだ。その未来をまた掴んで見せろ!」
「……っ!?」
気付けば私は、彼に抱き締められているのであった――。




