第八話「銃使いのドラグニカ」
「……おーい霧原?……おーいってば!」
誰かが俺の体を揺らしている。
完全に寝転がってる訳じゃないから、左右に揺らされる度に肘の骨がゴリゴリと転がされる。
「んん……」
こうやって無造作に起こそうとする奴を、俺は一人しか知らない。
「――んん、なんだよ海斗」
「どうして俺って分かるんだよ。ほれ、もう昼休みだぞー?昼飯だぞー?メシメシだぞー?早く食いに行こうぜー?なぁなぁなぁ!」
「テンション高いぞお前。何があったんだよ」
「いやぁ、転校生と飯なんていうのはライトノベルの主人公の親友ポジションだろ?俺がその立ち位置になれんなら、これ以上楽しい事はねぇと思うんだわ!」
肩を上下左右に揺らされる。勢いがあり過ぎて、これ、もし首の据わってない赤ん坊だったら取れてるんじゃないか?と思う程の激しさ。
ブンブン、と耳元で音がする。
「テンションが上がる、理由は、分かったけど、何で、主人公じゃ、ない訳?――ってもうやめろよ!首痛ぇよっ!」
「おお、わりわりー。んで?食堂か中庭か、はたまた体育館裏か?さぁ選べ!」
何で三択?しかも体育館裏で飯を食べるって、寂しい奴じゃないんだから明るい所で食べようよ。
「じゃ食堂で。……あー、でも確か今日は……」
食堂を提案して、移動しようとした瞬間に、何かを不意に思い出す。
確か昼休みに何かあった気がするけれど、何だったっけな。
「一体何所へ行くつもりなのでしょうか?霧原零さん?」
「ひっ!?急に背後から来ないでください!」
「どもです、アンジェさん!今日もお美しいです!どうか握手をっ!」
驚きの声を上げている俺の横で、海斗は頭を上げて手だけ伸ばしている。
告白しているような姿勢だが、これで断れたらいい笑い者じゃないだろうか。
そう思っていたのだが――。
「やめて下さい。童貞が移ります」
「はうっ!」
平坦に冷たい声で、彼女は腕を組んで罵倒する。
罵倒された海斗は海斗で、なんだかダメージを喰らっている。
だけどその表情は、どこか幸せそうだ。
「お前、M体質だったのか。そしてアンジェさん、童貞は移りませんよ」
「ではクズにしましょう。――どうでしょうか?貴方もいっそ、私に踏まれてみませんか?」
「何の勧誘ですかそれは、お断りします」
迷わず俺はそう答える。
その足元で踏まれてる海斗。
(すげぇ幸せそうだ。良かったな海斗)
「それでアンジェさん、俺に何か用ですか?」
「お忘れになったのですか?本日の昼休みは、お嬢様のスケジュールに空白がございます。そこで霧原さんには、お嬢様の接待をして頂きます。くれぐれも遅れも無い様、とっとと行きやがれませ霧原さん」
送り出すなら、もう少し気持ちよくしてくれませんかね?海斗方面ではなく、あくまで普通に送りだして。
そうは思っても、そうか……。
すっかり忘れていたのかもしれない。
言われてから浮かび上がるように思い出した。
『霧原さんは、今日のお昼に私と一緒に食べて頂きます!宜しいですか?』
半ば無理矢理というか、強制的にそう決められてしまったのだ。
昼休みの予定も無かったし、一緒に食べるくらいは問題ないだろう。
「……という事で海斗。残念だが、お前とはここまでだ。お前は一人、食堂でランチセットでも食べててくれ」
「何が『という事で』なんだよ。まぁ分かった。俺なんかがあのお姫様と一緒にお昼なんてのは、恐れ多いからなぁ。俺は退散させてもらうとしよう」
――お姫様?
あぁ、あいつ確か『お嬢様』ってアンジェさんに呼ばれてたっけ。
そんなお姫様が、俺と飯?
ただ昼飯を楽しむだけっていうのは、多分無いと思っている。
まぁそれは、安易に予想出来る。
◆◆◆
「霧原さん、生徒会室へようこそ。と言いたい所ですが、アンジェさんから聞きましたよ。今日ここで約束をしていた事、貴方は忘れていたようですね。それは本当でしょうか?」
生徒会室に入った途端、開口一番にそんな事を言われる零。
彼はここ最近に入学手続きを終えた新参者、と彼女から聞いている。
聞いているけれど、その彼女とはどういう関係なのだろうか。
「仕方ありませんね。亜理紗さん、それ以上睨まなくても、説明しますので大丈夫ですよ。桐華さんは、そのままそこのお菓子でも食べていて下さい」
彼女がそう言えば、それに従うのが私たちだ。
生徒会であり、『執行部』でもある室内には序列というものがある。
「……もぐもぐ。いらっしゃいです。噂の入学生さん、もぐもぐ……」
――藍原桐華。
生徒会書記であると同時に、執行部にして学園序列第五位の実力者。
お菓子ばかり食べているし、能天気な性格だけれど、一度スイッチが入れば勝つのが困難な人物。
好きな言葉は『一日五食』である。
「亜理紗、何であたしを見てるの?」
「いえ、何でもありませんわ(一日五食って、どういう数え方なのかしら?)」
一度問い掛けれたが、そのまま手元にあるスナック菓子に視線が戻る。
彼女が座るソファには、違う種類のスナック菓子が積まれている。
昼休み中に片付けるつもりなのだろうか?
「それで?忘れていたのは本当なのでしょうか?霧原さん」
「えっと、一応覚えていたのだけど……久し振りに受けた授業で、寝てしまっていたら記憶から抜けていた感じだな」
「世間ではそれを『忘れた』というのですよ?遅刻したのは事実ですし、午後の授業は私たちの手伝いで宜しいですね。――藍原先輩、お願い出来ますか?」
「もぐもぐ……良いけど……。まだあたし、この人の実力知らないから……もぐもぐ――どうなっても知らないよ?はふぅ……でも分かった。りょうかい。はむっ」
彼女は目を細めて言ったが、彼は欠伸をしながらそれを容易く肯定した。
「えっと藍原さん、だっけか?俺の事は気にしないでいつも通りやってくれ。先に言っておくと、力の使い方はまだお勉強中。見て覚えるから、好きにやってくれ」
「そう。じゃあ、そうする」
「ところで、お前は昼飯食わんの?」
彼はそう言って、手を組んでいる彼女に問い掛ける。
だが、その問い掛けに首を突っ込まずには居られなかった。
「少し良いかしら?霧原さん。貴方はご自分の立場を理解した方が良いですわ!藍原さんはともかく、何故生徒会長までもが、雑な扱いをされなくてはならないのかしら?」
「俺自身は礼儀というか、この学園の仕組みは良く分からん。正直言ってどうでも良いし、不当な扱いだと相手が思えば止めるよ」
「ならっ――」
「でも今のは違うと思うぞ。止める必要は無いぞ?藍原さんも九条さんも、俺のこの態度と言動には何も言わなかった。なら、そういう事じゃないと思うんだけど、藤堂さんはどう思うよ?」
「ぐぬぅ……屁理屈を言いますわね。その態度では、教室でも馴染めないのでなくて?」
「馴染む馴染まないは関係は無いかな。俺は別に、誰かと仲良くするつもりはないしなぁ……。俺と話す奴は、勝手に寄って来るだろ?話したいと思ってる奴だけ、ある程度の関わり方はするよ」
来る者は拒まず、去る者追わず。
つまりは、そういう事だろう。
だがそれは……。
「――随分寂しい生活をしてるわね、霧原さん。そんなんだから、人との約束も遅刻出来るんでしょうね?」
「そこを突かれると痛いなぁ。悪かったって謝ってるじゃないか。午後の手伝いをするのは分かったけど、そろそろ何か食わないと昼休み終わるぞ」
そう言った瞬間に、学園の鐘が鳴り響く。
昼休みが終わる予鈴であり、これから午後のカリキュラムの開始準備が必要な時間である。
「それじゃ、行こうか。霧原くん。あたしに着いて来て?――ふわぁ~あ」
藍原さんは立ち上がって、欠伸をしながらその場を出て行く。
彼もその後ろで「了解です」と返事して、一緒に出て行く。
残された私と彼女は、時計の音しか聞こえなくなった室内の中で、訪れた束の間の静寂に包まれるのだった――。