第八百七十二話「剣と契りⅦ」
――紫苑は零に呼ばれると、緊張気味だったが目の前で胡坐で座った。
傍から見ればどっしり構えている様子だが、零から見れば不満そうな態度は明らかだ。
「はは……不満そうだな」
「不満?あたいが?」
「あぁ、まるで何を話すのか検討は付いてるみてぇだ」
「そりゃあ、まぁな」
そう言いながら紫苑は、フェードアウトする竜也の背中を追う。
紫苑も紫苑で、泣いている竜也を見るのは初めてだったのだろう。
「……それで、あたいにも何か言う事があるのか?」
「あるに決まってるだろ。無いと思ってたのか?」
「いや、改めて何か言われるのが気恥ずかしいんだよ。その何だ?話は聞こえてたからなんとなく理解してっけど、零は龍界に暮らすって事だよな?」
「あぁ、間違ってない」
「……ふぅん」
零は口角を上げながら、何かを納得した様子でそう言った。
そんな零を眺めた紫苑は目を細めて、自分の膝で頬杖をし出した。
「何だよ」
「いや、随分と丸くなったなぁって思ってな。少し前の零なら、有無を言わせないで納得しろ。みたいな事を言ってたからな。それが今や、あたいの言葉を正面から受け取ってる」
「何だよ、思う事があるならハッキリ言え」
「あたいにも、竜也みたいな気恥ずかしい話を聞かされるのかなぁって思ってさ」
そう言いながら、紫苑は『あはは』と指先で頬を掻いた。
照れ臭いという部分があるのだろうが、それでもお構いなしに零は口を開く。
「つまらない事を聞くな」
「あ、じゃあ……」
「そんなの話すに決まってるだろ?お前にも、言いたい事があんだからな」
「マジか……」
「当たり前だ。竜也は勿論、ここに居る面子は全員仲間だ。言いたい事があるに決まってるだろ」
「そ、そうか」
頬杖をしていた紫苑は、溜息混じりにそう言った。
そんな様子の紫苑を見ていた零は、肩を竦めつつ言うのである。
「まぁ言いたい事は山程あるが、とりあえずはお疲れさん」
「おう」
「お前をセブンスアビスに引き込んだのは無理矢理だったけど、後悔はしてないか?」
「……はぁ?その質問、今更な気がするぞ。そんな事を聞きたいのか?」
呆れた表情を浮かべる紫苑を見て、零は口角を上げて言った。
「いや、ただの建前だ。でも一応な、引き込んだ者として気になっただけだ」
「へぇ……まぁ後悔はしてねぇよ。あの空間も今までのあたいには無かった物だし、あのままあの街に居ても出来る事は少なかったしな。感謝してるよ、あぁ、感謝してる」
紫苑は笑みを浮かべて、同じ言葉を噛み締めるように繰り返した。
紫苑の照れ臭い様子を見ながら零は、目を細めて口角を上げて口を開く。
「――そっか。なら、俺がお前に言う事は少ない。お前に伝えたかったのは、お疲れさんっていう事とセブンスアビスに入ってくれて有り難うってだけだ。世話になった、紫苑」
「っ……あぁ、こちらこそだ。達者でな」
「あぁ」
紫苑は零と握手を交わすと、立ち上がって零から離れたのだった。
「……(もう少し、手を握ってても良かったかもな。ま、また会えるだろ、きっと)」
離れて行く紫苑の背中を見届けると、零はすぐに視線を違う人物へと向ける。
「順番的に考えれば、次はウチやな?」




