第八百六話「最後の契り」
「焦るなよ、ゼロ。それとも本当の名前で呼んだ方が良いか?……――なぁ、バハムート」
零がそう言った瞬間、何かを感じて距離を取った。
そんなバハムートと呼ばれたゼロは、目を細めて睨むように零を見る。
「余の名はゼロだ……バハムートというのは前龍王の名だ。余ではないぞ?我が主人よ」
「まぁ、そう言うだろうと思ってたけどな。もう誤魔化す必要は無いさ。もう俺は、お前の正体を知ってるんだからな」
「……」
「どうした?バハムート、それとも俺の名前を使った名前が気に入ったのか?人間との同盟を望まない龍殺しの王」
「フッ……クククク、クハハハハハハハッッ!!!!」
バハムートは片手で顔を覆いながら、声を高らかに笑った。
天を貫く程の笑い声が響く中で、零は黒い大剣を具現化させて身構える。
そして剣先をバハムートに向けて、睨み返して言った。
「――死ぬ覚悟は出来てるか?バハムート」
「ックククク、実に面白いぞ人間。人間の癖に勘の良いものだが、少し惜しい事をしているぞ?」
「何?」
「人間は愚かな生き物だ。それは今も昔も大差は無い。……どの時代も、憎しみという感情には勝てないのが人間だ。お前もそうだろう?霧原零よ」
「そうだな。確かに俺は憎しみに包まれたまま、何年も妹を殺した龍を探し続けた。でも、もう探す必要は無くなったんだ。何故だか分かるか?」
「ふむ、聞こう」
その言葉の先を促したバハムートを見据え、零は向けていた剣先の向きを変えた。
そして一度引いた場所から、もう一度思い切りバハムートへと剣先を突き刺した。
次は寸止めではなく、今度こそしっかりと貫くようにして……。
「俺の妹を殺したのは、俺の家族を殺したのはテメェだろ。――バハムート」
肉を裂くような音が響き、バハムートの身体を貫いた黒き大剣。
滴る赤い血は、零の手元からポタポタと地面へと落ちて水溜まりが出来始める。
だがそんな刺さっている状態で、バハムートはニヤリと笑みを浮かべて言うのである。
「ククク、良くぞ辿り着いた。――人間っ!!」
「ぐっ……(瞬時に尾を出したのかよ、こいつ!)――ウロボロスッッ!!」
一部の龍化で尻尾を出したバハムートは、その尾で零の身体を上空へと跳ね除けた。
空中で身体を安定させた零は、かつて契約していた龍の名を呼んだ。
その瞬間、零の身体に刻まれた龍紋が上半身を覆い尽くしたのである。
『全く、龍遣いが荒いぞ。貴様』
「まぁそう言うなよ。……これが最初で最後の契りだ」
そう言いながら笑みを浮かべる零の姿を見たバハムートは、目を見開いて零の姿を疑った。
何故なら、零の身体は……半身が龍紋に覆われ、あの日のように身体の半分を龍化させていた。
まるでその姿は、悪魔に半身のみを売った人間の姿のように思えるのであった――。
「挨拶を忘れてたな、バハムート。俺は霧原零……テメェを殺す為に人を捨てた愚かな人間だ!」




