第七百五十三話「不死への誘いⅧ」
龍紋保持者は、刻まれた龍の能力を扱う事が出来る。
だがそれと同時に龍紋保持者は、龍紋を扱う度に代償を払う。
もし、代償を払わずに龍紋を扱いたいと思う場合は方法が一つだけ存在する。
それは……契約している龍を力で捻じ伏せる事である。
「ここは、何処なんですか?」
「ん、今更な問いをするのだな」
「聞く機会が無かったんですから、仕方が無いと思いますよ。だって私が貴女と直接話すのは、これが初めてなんですから」
フェネクスの前で振り返り、咲はそう言った。
そんな彼女の言葉を聞いたフェネクスは、少しだけ笑みを浮かべる。
フェネクスは咲を見ながら、ここが何処なのかの説明をし始めた。
「――ここは龍が住む世界だ。龍界と言えば良いだろうが、この場合は次元の狭間とも思っていい。この世界はまだ未完成だからな」
「未完成?」
どういう意味なのかと思いながら、咲は疑問に思った言葉を繰り返す。
この世界が未完成というのはどういう事なのか、その答えをフェネクスは続けた。
「あぁ、未完成だ。我々は暮らす場所が、もうここしか存在しないがな。この世界はまだ未完成なのだ」
「ここ以外に暮らせる場所は無いんですか?」
「現実世界……この場合は人間界に影響しない場所は、もうこの世界以外は無いだろう。皆、移動する為には現実世界を通るしか通り道は存在しない。だが人間界を通れば、我々の周囲で影響が出てしまうのだ」
「……っ?」
フェネクスのそんな言葉を聞き、咲は一つの答えを導き出した。
人間界を通り道にしているという事で、影響が周囲に及ぼすという結果に身に覚えがある。
それを思い出しながら、咲はその影響の名称を呟いたのである。
「それが、龍災ですか」
「そうだ。人間が災害として騒いではいるが、実際は移動をしていた為に生じていた副作用だ。まぁ、龍からすればそう思っていても、人間から見れば大災害なのだろうな。我が同胞にも『人間に迷惑を掛けるな』という決まりを設けていたが、それでもやはり足りなかったようだ」
申し訳無さそうに首を振り、フェネクスは目を伏せる。
そんなフェネクスの様子を見て、咲は手で制しながら結論を述べる。
「確かに龍災の原因は、貴女たちだという事は知っています。けれど、移動手段がそれしか無いという事なら、私からは何も言う事はありませんよ」
「っ、何を言っている。それは我らという災害の原因を許すという意味になってしまうぞ。肯定してしまえば、立場も危うくなるんではないのか?」
「私はそんな偉い人間でもありませんし、特に特別な問題はありませんよ。それに私は、もう関係無いんですよ」
咲は笑みを浮かべたまま、短い言葉を紡いだ。
その様子はどこか、フェネクスは寂しそうに見えたのであった――。
「……もう私は死人ですから」




