第七百八話「武力介入Ⅲ」
「――おい紫苑、今日こそは組手の相手をしてもらうぞ」
自由行動が許されている深夜帯の中、背後から誰かが話し掛けて来た。
その口調と声で、あたいはそれが誰だかすぐに理解が出来てしまった。
「何だよ竜也。こんな夜中に唐突だな」
零と同じ黒い剣を肩で担ぎ、こちらを睨んでくる竜也。
セブンスアビスに加入して早々、他の奴らを含めて手当たり次第に勝負を挑んでいる。
そんな噂話を聞いていたけれど、まさかあたいにも話が来るとは思わなかった。
「今日こそ、か。あたいがそれにOKサインを出すと思うか?今まで断ってたのに、いきなり話が来たからと言っても、断る結果は変わらないと思うが?――っ?」
そう言った瞬間だった。
耳元をヒュンと風を斬る音が聞こえ、少し離れた背後の壁に衝撃が表れる。
凄まじい速度と制御された威力で、剣先を壁に傷跡を付けている。
「テメェの意見は聞いてねぇよ。黙って相手をしてれば良い」
「……随分と好戦的じゃねぇかよ竜也。あれだけフランにボコボコにされてた奴が、強気になったもんじゃねぇか」
「っ、テメェ!」
「おっと、怒るなよ。夜中に暴れて器物破損とか、ペナルティにしかならねぇぜ?」
剣を身構えた時にあたいは、その剣を振られる前に動きを制した。
あたいの言葉に苛立った様子は理解したが、それでも冷静さはまだ欠いていない。
ペナルティという言葉を聞いて、動きを止めた事がその証拠だろう。
だが時間外での決闘はご法度なのだが、夜風に当たりに来たあたいには関係の無い話だ。
「戦いたいなら他を当たってくれ。あたいには、竜也と戦う理由が無いんでな」
「戦う理由、か。――フッ!!」
そう言いながら竜也は、断ったのにもかかわらず剣を薙ぎ払った。
咄嗟の事で回避行動が遅れてしまった結果、あたいの頬に一線の赤い筋が作られた。
やがて頬全体が生暖かい感覚に包まれた時には、あたいは何をされたか理解が追い付いた。
寝惚けていた感覚が完全に無くなり、目の前で口角を上げる竜也を見据える。
「……やってくれたな、竜也」
「ハッ、これで理由が出来ただろ?戦う理由がさ」
「……」
ニヤリと笑みを浮かべた竜也。
確かに頬を傷付けられたのは苛立つが、それが戦う理由にしては小さい。
どれだけ小さな理由だとしても、あたいと戦いたいという意志は伝わる。
別に戦いたくない訳では無いし、戦いが嫌いという訳でもないが……面倒だな。
「そんなにあたいとやりたいなら、日を改めてくれないか?あたいは今、お前と戦うつもりも気力も無い」
「……んじゃいつなら戦える。待ってやるから教えろ」
本当に面倒だ。
黙ってくれれば、このまま無かった事にしようとしたのだが……。
それは通用しないらしいから、あたいは半ば諦めた状態で言うのであった――。
「あたい以外の奴に勝った証拠をあたいに示せ。そうすれば相手をしてやる」
「はぁあ!?」




