第六話「刻まれた龍紋」
「行くなっ、咲――!」
浮かび上がった紋章は、まるで彼女を卵のように包み込む。
その卵からは白銀の翼が生え、ゆっくりと空へと昇っていく。
「……待て、これって」
零は伸ばした手を戻し、自分の額を手で覆う。
背中全体に熱が広がり、ドクンドクンと脈が打たれ続けている。
自分の中にある記憶が映像として頭を過ぎる。
それは崩壊した世界。
龍災という天変地異が起きる数日前の事だ。
零は一人の少女と一緒に、街の中へと出かけていた記憶だ。
「俺は……あの時、何を見た?」
『全員、回収しなさい。彼女が取り込まれる前にっ!』
『はっ!』
蘇っていた映像の奥で、そんな声で我に返る。
零の背後から、勢い良く数人の黒い服の人間がそれに向かって何かを振るっている。
あれは……剣、なのか?
『君、無事かな?』
地面に膝を付く零は肩を触れられ、その声を掛けた人物の方を向く。
そこにはショートヘアで金髪に黒服で、まるで映画の世界に入ったような人物だ。
でも実際、零は彼女の情報など頭に入ってきていない。
「……っ。行かないと」
『ちょっと、君!そっちは危険よ!』
彼女の声に反応するように、燃える街に居たそれは零の姿を見つける。
気づかない内に、黒服の者たちが応戦していたらしい。だがその効果は見えない。
零に一歩、また一歩と近づいていく。
『くっ、言わんこっちゃない!』
「……俺が、助けないと……」
『なっ……それは?!』
「俺が、守らないと……」
その時だった。
ほんの一瞬の出来事だが、その場に居た者たちには長く感じた。
手を伸ばした零の身体から、龍の面影が見えたのだ。
その龍は小さく剣となり、零は無意識にそれを振ったのだった――。
◆
途切れた意識が戻った時、白い世界で体育座りをしていた。
でも身体が宙に浮いていて、どうにもこの感覚には慣れていない事を思い出した。
私はまた、『龍化』をしてしまっているのだ。と思っていた。
「んんっ……あ、れ?」
『お嬢様、ご無事でしょうか?』
霞んだ視界の中で、上から見るように覗き込む彼女。
彼女の声とその様子で、私はその人物の正体を理解出来た。
「……アンジェ、私は大丈夫ですよ」
『はぁあ、お嬢様!良かったっ』
視界が徐々にクリアになっていき、私は起き上がる。
それをサポートするように、アンジェは私の身体を支えてくる。
「大丈夫よ。ありがとう。――えっと、何があったか。説明してもらえるかしら?」
『ええ、それは勿論なのですが……』
彼女は何故か、申し訳無さそうに言葉を濁した。
『龍化』した事を気にしているのだろうか、と思っていたがそうではなかった。
その視線を追ってみれば、それは明らかで、私の中にある不安が込み上げる。
「お、お兄様っ!」
上半身の服がボロボロになっていて、何かがあったのかは明白。
だけどその原因が分からない。そして彼の背中には、私とは違う龍紋が刻まれていた。
それはまるで龍の全身、あるいは影のように見えた。
『お、お兄様?彼は、お嬢様の身内、なのでしょうか?』
「説明は後でします。今は彼の手当てが先です。……彼を死なせた場合、許しません。すぐに連れて行きます」
『お嬢様っ、それは』
公私混同だと言いたいのだろう。または職権乱用。
だが今の彼を放置出来る程、私の精神は大人になっちゃいない。
考えている暇は今はない。とにかく今は、彼の手当てが私の最優先事項だ。
「無駄な詮索をしたいなら、言われた事を終えてからにしなさい。アンジェ、後は任せます」
『……はっ!』
彼女も少し悩んだようだが、やがて胸に手を当ててそう返事をした。
その彼女は指示をして、彼は私の屋敷へと運ばれていった。
それから彼が目覚めるまで、三日という時間が流れたのだった――。




