第五話「龍災、再び」
服越しでも分かる程の熱というのは、生まれて初めて体験した事だ。
たとえそれが薄着だったとしても、服越しでは体調なんて判別しにくい。
だけど今、目の前にいる彼女は明らかに具合の悪い表情をしている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「おい、大丈夫かよ」
自己意識を失っているのか、俺の問いかけに反応がない。
それ程の熱なんて、ウイルス性の風邪ぐらいしか思いつかないのだが……。
「……ぐっ……いや、だっ……」
「待ってろ!今、安全な場所に運んでやるからっ!」
周囲ではまだ、地震の影響で建物や地面が決壊し掛けている。
ここまでの災害なんて、まるであの時みたいじゃないか。
「……あの時……?」
俺はその言葉を口にした瞬間、自分の身体がまた跳ね上がるのを感じる。
あの災害を思い出した瞬間、自分の体が震えるのが分かる。
シルエットだけ視えた姿に、俺は心の底から感情が込み上げてくる。
「……これは、『龍災』に似てるよな。だとしたら、確実に死者が出るよな……でも、俺に何か出来る事なんてあるのか?」
彼女を抱え込みながら、自分へ問い掛ける。
周囲から微かに聞こえて来ていただけの騒音は、徐々に移動していく毎に大きくなっていく。
そして路地を抜けた瞬間、それは一目瞭然となって姿を現した。
逃げ惑う人の先。
ビルの谷間から見えるそれは、あの時の同じ景色と重なってしまう。
それはひたすら大きくて、この事態においては創作物の範囲でしか人は把握していない存在。
『グオオオオッッーー!!』
「あれは……?」
あの時と少し違うのは、それの色と姿が違うものの。その存在と名称は一緒だ。
一言で言うなら、『ドラゴン』と云うものだ。
「くっ……!」
「……」
自分の鼓動に体全体が悲鳴を上げ、彼女を抱えたまま動く災害から逃げるのは至難の業だ。
でもここままでは、どちらにしても死ぬ結果しか見えてこない。
走る道中で彼女を預けさせ、俺が囮に作戦はどうだ?――いや、効率というか、人間に反応するとは限らない。
俺はそれ程強くない思考労働をしながら、あの時に取った行動を思い出す。
自問自答を繰り返して、俺はやがて人の気配を感じない公園へと辿り着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここの景色は、変わらないんだな」
町全体が見える展望台付きの公園。
昔は夕焼けの景色や夜景が綺麗だと、街の人たちからデートスポットだと云われていた場所だ。
だけど今見える情景は、そんな所だとは全く思えない。
黒煙は空へと昇り、崩れていく建物や逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。
完全な地獄絵図だ。こんなもの……。
――お兄ちゃんだけでも、逃げて?
思い出した記憶。覚えている記憶の中で、そんな言葉が浮かんでくる。
それは燃える炎の中へと走っていった妹の姿だ。何であの時、あいつは……。
『グオオオオッッッーーー!!』
「くそっ!また地震かよっ!」
その雄叫びが響いた瞬間、凄まじい地響きが伝わってくる。
揺れが酷くて尻餅を付いた瞬間、俺の横を通り過ぎる人影があった。
その姿は白銀で、ゆっくりと歩いていく姿は人形のように感じた。
まるでこのまま、その展望台から飛び込もうとしているように……。
「やめろっ!それ以上あれに近づくなっ、死にたいのか!?」
「…………」
俺は彼女の手を掴んで、それ以上前に進まないようにする。
だが立ち止まって、振り返る彼女を見て言葉を失った。
「な、なんで……」
その姿は、あの時と一緒で……。
「お前、は……?」
苦しそうにしていた様子を感じさせないほど冷たくて……。
「……おにい、ちゃん」
「さ――」
手を離してしまった瞬間だった。
平坦な声とその表情で、かつての記憶に残った言葉を俺に向かって言い放った。
「――お兄ちゃんだけでも、逃げて」
「……っ!?」
その瞬間、彼女の身体から黒い紋章が浮かび上がる。
その紋章は影となり、彼女を包んでいく。
空中へと昇ろうとする彼女を見て、俺は何かに取り憑かれたように追い掛ける。
「……行くなっ、咲っ!」
俺は無我夢中に叫び、手を伸ばしたのだった――。




