第五百八十九話「表と裏を持つ少女Ⅹ」
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それでは、本編へどうぞ!
『どこの娘かも分からない子供を、何でわざわざあの人は迎えたのだろうな』
真っ暗な静寂に包まれた闇の中で、フェードインして聞こえて来た声。
その景色はどこか霞んでいて、文字が水で滲んだようにぼやけている。
だがその言葉は耳を通り、やがてはっきりと聞こえるようになってきた。
『さぁどうだろうな。あのご老人、堅物な上に物好きだからなぁ。あのような子供を養子に迎えたとしても、全く不思議ではないと思うがな。だがやはり、何のつもりか……私にも分からんよ』
『確かに。やはり新しい跡継ぎとして、養子に迎えたのだろうか?』
『それならば、どこかの御曹司にでも声が掛かるだろう。尚且つ、その場合だったら女ではなく男だろうと私は思うぞ』
これは恐らく、私へと流れ込んで来ている誰かの記憶だ。
いや……誰かと曖昧に濁す意味は、もはや必要は無いだろう。
何故なら、もう既にその人間を私は断定している。
「……」
そんな事を思いながら、その者たちの言葉を耳にしている少女の姿が目に入る。
虚ろな瞳をしていて、どこか覇気の無い子供のようにも思える。
その瞳は死んでいる。まるで、生きながらにして死んでいる生きた屍のような目だ。
『……おい』
『っ……これはこれは、ご令嬢。御機嫌は如何かな?』
ワイングラスを微かに持ち上げ、紳士のような一礼をし出す男。
その男に便乗するようにして、少女の事に気付いた男もその少女に会釈をする。
だが少女は微かに会釈をした後、何事も無かったかのようにその横を通り過ぎた。
『まさか当の本人が現れるとは』
『油断をする事は無いと思うが、気を付けた方が良いだろう。彼女が養子になったのは、九条家だからな。何かあれば、必ずあのご老体へと情報が流れるだろう』
『あぁ、媚び売るからこそ媚びだ。ゴマは擦れる時に擦らなければ意味が無いしな』
少女は男たちの会話は聞こえているが、興味は無いのだろう。
何も反応する事も無く、何も言う事も無く……そのまま用意された部屋へと入る。
やがて虚ろな光る目を細め、足元の絨毯の模様を眺め始めた。
「……私は、お人形?」
少女が一人でにそう呟き、私は思わず胸が締め付けられた。
何も言う事も出来ず、何も出来る事が無い少女。
たった一人で部屋に居る様子を見て、私は思わず我慢が出来なかったのだろう。
ズンズンと前に進み出すと、少女へと手を伸ばして言うのである。
「このたわけがっ!何故、貴様は泣かぬ!何もかもを諦めた顔をするでない!貴様は、貴様は……我の友になる者だろうがっ!!一人で抱え込むでないぞ小娘がっ!!!」
「……え?」
そう叫んだ瞬間、私が居た景色と少女の居た景色。
その両方の景色にパリッと亀裂が入り、私は何も無い場所で目が覚めるのであった――。
「……どこだ、ここは?」
「あ、やっと来たんだ。ウーちゃん」




