第五百五十二話「残された龍紋保持者たちⅢ」
「ケルベロス、戻って」
『グルルッ……』
「ん、良い子」
亜理紗を警戒していたが、それよりも桐華の指示に従ったケルベロス。
具現化していた身体が消失し、彼女の身体へと戻っていく。
その証拠に、桐華の身体を形作るようにしてオーラが包んでいる。
「桐華さん、アレは何ですか?」
「あたしが知りたい。けど、ウロボロスが説明してくれるらしいよ」
「はい?」
桐華の言葉に首を傾げ、亜理紗は彼女が指を差す方へと視線を動かす。
そこには腕を組みながら彼女と並び、モゴモゴと口を動かしている少女を見つけた。
「もぐもぐ……ふみゅ、ふぃふぁひふぉふぃふぃふぁふぁ」
「は、はい?」
リスのように頬張った様子の彼女がそう言ったが、訳も分からずに亜理紗は声を漏らす。
そんな亜理紗とは違い、桐華は何食わぬ顔で頬張ったままの彼女の言葉を訳した。
「ふむ、意外と美味だな。だってさ」
「はぁ……桐華さん、会長……じゃなくて、龍である彼女に大事なお菓子を与えて良かったのですか?貴女にとって、お菓子は必需品でしょうに」
「等価交換の為、仕方が無い。それに亜理紗、彼女はもう龍だけど立場は龍じゃない。人間側の龍だよ。あたしたちが宿してる龍たちと同じ、仲間だよ」
溜息混じりに納得した様子を見せる亜理紗だが、桐華の言葉に突っ込んだのはウロボロスだった。
ペロリと自分の指を舐めながら、真っ赤な二つの龍眼を輝かせて言うのである。
「れろ……さっきまで喧嘩しとった者が良く言う。勘違いされては困るので、先に言っておくがな。我は別に、貴様らの仲間になった覚えは無いぞ。あくまで我は我が主の味方という事だけで、貴様らになんか興味は無い。それだけは忘れるな」
「そう言いながら、咲を保護してるのは何故?」
「藍原桐華よ、我からすれば咲の事を人間としては扱わぬぞ。あの者は既に魂だけとなった身で、一時的に我と同化しておるだけだ。咲自身が生きたいと思わなければ、我にはどうも出来んぞ?」
「確かに。でも咲が死にたいとか消えたいとか、そんな事を思うなんて想像出来ないけど……」
「ほぉ?何を根拠にそう思う?」
「あたしの知ってる咲が、諦めが悪い人間だから。それだけ」
「……なるほど」
ウロボロスは珍しく饒舌な彼女を眺め、自分の内側へと意識を向けてみる。
未だに内側には彼女の気配はあっても、表に出てきそうな気配が見つけられないというのが現状。
それを理解したうえで、ウロボロスは溜息混じりに桐華と亜理紗に言うのであった――。
「はぁ……では後で、貴様らに頼みたい事がある。だがまずは、あの物体の真下に行くぞ」




