第五百十六話「九条咲としての選択Ⅶ」
随分と長い間、私は彼女と共に行動していたと思う。
九条家に養子として入り、九条ではなく霧原としての記憶を思い出した私。
そんな私の記憶と照らし合わせるようにして、彼女の存在はとても大きかった。
だがしかし、私は私で思う所がある。私は本当に、彼女と契約して良かったのかと。
「……っ」
深層世界の中にあるこの空間は、人間が無意識に作り出す別の空間。
心の奥底に存在し、何もかもを閉じ込める為に作られた閉鎖空間と呼ばれる場所。
こんな空間を作り出す程、私は別に心を閉ざす必要性は無かった。
「ウーちゃん、上手くやってくれてるかな?」
気になるならば、自分自身で確かめに行けば良いだろうと思う。
自問自答を繰り返したとしても、結局確かな答えは出る事は無いと思われる。
それは自分の中で確定し、私は私自身で拒否したい案件でしかない。
「……私の事、お兄ちゃん忘れちゃったのかなぁ」
本当に兄が、霧原零が私の存在を忘れてしまった。
そんな事実があるのであれば、私があの世界に居る意味は無い。
元々は九条咲として、兄である彼の存在を探していたのがキッカケだ。
それはその意味があってこそで、その意味を失ってしまえば私の存在に意味は無い。
「っ……」
自分で言っていて、なんだか悲しくなってくる話だ。
意味など無いなどと、自分自身で言っていて悲しくなってきてしまう。
だがしかし、それは自己完結していたとしても真実でしかない事だ。
「――お兄ちゃん、今、何をしてるのかな」
『納得出来ないな。余が話を割り込むのも失礼と思っていたのだが、聊か早計かもしれんなぁ。霧原咲よ』
「バ、バハムート!?ど、どうしてここに?」
ここは心を閉ざした空間であり、絶対的な閉鎖空間である場所だ。
入れる者は居ないと思っていたのだが、まさか彼のような存在が現れるとは。
そんな事を思いながら、私は目の前に現れた者を見据える。
「えっと、その姿は何ですか?私にしか見えませんが」
『ふむ、余は人間としての依り代が無いのでな。迷惑だったか?』
「そんな事は無いですけど……バハムートこそ、何でここに居るのですか?」
『そうだな。余は咲よ、そなたとは別行動を取っていたつもりだったのだがな。生憎やる事が無くてだな』
「へぇー、要するに暇潰しって事ですか?」
『……まぁ、そういう事だな』
「ふうん、そうなんですか。私の気も知らないで、なかなか失礼なのですね。バハムートって」
龍という存在は皆、自分を気高い存在だという事を言う時がある。
そういう態度という事も、そういう言動をするという事も分かっているのだが……。
どうも納得出来ない時もあるし、彼らの全てを受け入れるのは到底無理な話である。
「えっと、バハムート?私と契約を切ってから、普段何をしてるのですか?」
『ふむ、普段……か。余は肉体を持つ存在では無い故、今は何もしていないな。あぁ、そういえば、余と同等の存在が生まれたと聞いていたが……それは結局どういう存在だったのだ?良ければ聞かせてくれぬか?』
「……私の知ってる範囲で良いなら、で良いですか?」
『あぁ、構わぬぞ』
「……」
自分自身の容姿のままで、鼻を鳴らしながら頷くバハムート。
鏡合わせになっているようで、落ち着かないのだが仕方が無いだろう。
だがしかし、私はこの空間にバハムートが現れて嬉々としているらしい。
少しの間だけ、バハムートと他愛無い話でもしようと思いながら口を開くのであった――。




