第十九話「レポート・ゼロⅣ」
瓦礫となった壁の向こう側から、妹の声が頭まで響いてくる。
早く助けないといけないのにも関わらず、瓦礫を退かす腕に限界が来ていた。
両手は真っ赤になっていて、赤い滴が地面に垂れていく。
「咲ぃ!今、今行くからっ!」
痛みなんて気にしている暇はない。
すぐそこで、目の前で助けてと呼ぶ声が聞こえるのだ。
こんな痛みは、我慢するべき時だ。
だが一方で、俺の知らない所でそれは動いていた。
口を開け咆哮と共に出る衝撃は、その場一帯の物に影響を与える。
その衝撃は瓦礫を退かすと同時に、俺と妹を一緒に吹き飛ばしたのだった。
「咲っ!」
「お兄ちゃん!」
空中で互いに伸ばす手。その手を掴もうと必死になる。
徐々に近付く事が出来た瞬間、届いた時に感じた安堵の瞬間だ。
叩き付けられるような風圧が俺たちを襲い、届いた手を引いて俺は妹を抱きしめる。
そのまま地面を転がり、俺の視界は真っ赤な世界になった。
「……ぐっ……咲、早く……逃げるんだっ……」
「やだよ、お兄ちゃんも一緒に!」
そんな事を言っても、声がだんだんと遠くなっていく。
近付く地響きと共に揺らされる体。頬に当たる雨は、妙に暖かい。
「やだっ!お兄ちゃんも一緒にっ、一緒じゃなきゃやだよ!早く起きてよお兄ちゃん!」
「……咲、早く逃げないと……うぐっ」
頭の中まで走る痛みを抑え、俺は覚束無い状態で立ち上がる。
妹が体を支えてくれているのか、やや傾いた状態で俺の動きは止まる。
ポタポタと垂れる血が、俺の意識が徐々に遠退いてくるのが分かってしまう。
俺はこのままでは、恐らく動けなくなって逃げ遅れるだろう。
「――はやく、お兄ちゃんっ!」
「……咲……」
霞んだ視界の中で、俺の手を引く妹の姿が微かに見える。
後ろを振り返れば、大きく黒い物体が迫っているのも分かる。
何かが振り下ろされそうになっているのも、すぐに察知する事が出来たのだ。
俺は無理矢理にその手を払い、目の前に居る人影の背中を押した。
「咲……生きろっ!」
「――お兄、ちゃん?」
そして俺はそのまま、叩き潰されるように意識を失った。
そこから先は、何が起こったか曖昧で良く覚えていない。
でも何かが遭った事だけは確かだと、俺はそう感じていたのであった。
◆
「……うぅ……んん?」
「やっとお目覚めですか?霧原さん」
「ここは……?」
「貴方のお部屋です。様子を見に来たら、寝ていたので勝手に入りました」
嘘は言っていない。様子を見に来たのも、勝手に入ったのも。
だが私は、まだこの人に嘘を吐き続けなければならない。
この人の記憶の中には、今の私は別人という事になっているだろうから……。
「何か用だったのか?生徒会長ともあろう人間が」
「はい」
そして恐らく、あの時の事を忘れているだろうから。
私は彼から離れて、指を差して言うのだった。
「――明日の放課後、第3体育館へ集合して下さいね?約束ですよ」
「あ、ああ」
廊下へ出た所で、先に待っていた彼女の姿を見つける。
またお菓子を食べていたけれど、彼女は一言だけ言って去っていった。
「――思い出すといいね、あなたの事」




