第十七話「レポート・ゼロⅡ」
霧原零、当時十歳。
その頃の俺は、自分で自己紹介するには特に何もない人間だった。
特徴という特徴は無いし、これといって得意な事もない。
あぁでも、一つだけあった。
あの頃の俺は良く――妹の咲と、良く笑っていた。
「お兄ちゃん、次あっち行こう?」
「あまり走ると迷子になるよ?」
「え~、お兄ちゃんいるから平気だもん」
「分かったから引っ張らないで。じゃあお母さん、お父さん、ちょっと行って来るね」
俺がそう言うと、妹を頼んだぞと笑いながら頭を撫でられる。
妹が迷子になった時、あいつの行きそうな場所を言い当てるのは得意な事かもしれない。
そして両親と別れている間、引っ張られるように色んな場所に連れ回されていたっけな。
「そろそろ行くよー?あまり遠くに行くと、帰れなくなるぞ?」
「大丈夫だってばぁ。お兄ちゃんは咲と一緒は楽しくない?」
「楽しいけどさー。それとこれとは話が……うわっ」
「じゃあ良いの!二人で冒険するって約束だったもん!だからもっと冒険するの!」
「あーはいはい、分かったから。泣かないでくれ」
今思えば、あいつの我儘というのを断った事が無い。
着いて行って欲しいという場所にも行ったし、両親にバレないように嫌いな食べ物も食べてやってた。
思い返してみると、いつもあいつと一緒にいた事しか覚えていないものだ。
だがそんな楽しい時間は、長くは続かなかった。
「――うわっ、地震!?咲、危ないからこの手を離しちゃだめだよ?」
「う、うん。お母さんたちは?」
「そうだ!探しに行こうっ」
そう思って歩き出そうとした瞬間だった。
遊びに来ていた建物が崩れて、俺と妹は逸れてしまったのだ。
忘れたい過去のはずなのに、脳裏に焼きついて離れる事のない記憶だ。
「…………痛いっ、咲っー!!どこだ?咲っー!」
俺は怪我をした状態で、涙を流しながら妹を家族を探した。そしてそこで奴に出会った――。
◆
「霧原零さん?いらっしゃいますか?私です、九条です」
生徒会室に来てと言ってあったはずなのだが、時間になっても来ないから寮まで来てしまった。
いくら彼が私の事を覚えていないとはいえ、対面する度に緊張していては心臓が持たない。
いい加減に慣れなければならないだろう。だが今はそれよりも……。
「はぁ、返事が無い。うぅ~、また約束が破られるとか、おにいさ……霧原さんは最低野郎ですね。こうなったら実力行使でこのマスターキーを使って……」
「咲ちゃん、何してるの?」
「うひゃっ!?……あ、藍原先輩、忍び寄るのはやめて下さい!」
「あ、ごめん。癖だから。えっとお菓子食べる?」
「廊下で飲食しないで下さい!」
「そう、残念。それで咲ちゃんは、何してるの?」
どうしたものか。彼女は無関心なように見えて、負けず嫌いで好奇心旺盛な性格だ。
下手な言い訳をしたら、逆効果という結果が目に見える。どう言い訳をしたものか。
「ここ、あの人の部屋だよね?もしかして咲ちゃん――」
「んっ?(バ、バレてる!?生徒会の用事というのは建前で、ただ私がお兄ちゃんに会いたいという事がバレてる?いやいやいやいくら彼女でもそんな事は、あぁでもこの人妙に勘の鋭い所あるし、油断出来ないし、どうしよ~~)」
「――夜這い?」
「よよよよよ夜這い?!そんな訳がありません!全然違います!生徒会長ともあろう人間が、そんな事をするはずないじゃないですかっ!」
告白しよう。私、九条咲は、少しでも寝込みを襲おうとした事を。
そして彼女の発言が、思ったよりニアピンだった事に動揺を隠せない事を認めます。
はい。そうです。開き直ってしまうが、私はあの人の事が好きなのだ。
兄として一人の男の人として……。
「そう。じゃあ入ろうか」
「そうなんです。って!何してるんですか!?今どうやって……あっ!」
「油断は禁物」
彼女はそう言いながら、スッとそれを見せてきた。
それは私が持ってきたマスターキーで、いつの間にか彼女に取られていたらしい。
彼女はそれを使って扉を開けて、何も遠慮した様子を見せずに彼の部屋へと入って行ったのだった。
そして私たちは、彼の苦しそうにしているのを確認したのである。
「……っ!(お兄ちゃん!)」




