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第百七十七話「弓使いのドラグニカ」

 黒いスーツに身を包んだアンジェは、主人である咲の手の内を知っている。

だがそれはお互い様で、咲もまたアンジェの手の内を知っているだろう。

主人でありながら、仕えている者の情報を知り尽くしていないというのは愚かな事だろう。


 「アンジェ、今すぐ手を引きなさい」

 「それはもうお断りしたはずです。私にはやるべき事があると」

 「ぐっ……」

 「お嬢様、お覚悟をっ!」


 護身術の稽古をしていた頃を思い出して、私はかつての記憶の中へと入り込む。

それはまた幼い頃の記憶であり、彼女と過ごした日々の一部に過ぎない出来事だ。


 「はぁ、はぁ、はぁ……はぁあ!!」

 「甘いです。相手を蹴り上げるのならば、軸足のバランスが肝です。それを崩せば、対処されてしまいますよ!」

 「ぐっ……!」


 足払いをされて、尻餅をつく私。

そんな私の事を見下ろして、ひと呼吸しながらニコッと笑みを浮かべる。

やがて笑みを浮かべる彼女は、私に手を差し伸べていつもの言葉を言う。


 「『まだまだですね、お嬢様――』」


 そんな言葉を受けるのは、時と場合によっては別の言葉に聞こえてくる。

シチュエーションが違うだけで、私はその言葉をただ見下したようにしか聞こえない。

まるで敵を見るかのように向けられた瞳は、冷たくて、他人に向けられたような目だった。


 「ぐ……あ、アンジェ……」

 「この辺で終わりにしましょう。お嬢様では、私に勝つ事は出来ません。龍紋を抑えた状態で勝とうと思っていたのでしょうが、弓を使わないのであれば私の独壇場です」

 「……」

 

 彼女の言う通り、龍紋を発動しない状態で勝つのは難しい。

体術が出来るとしても、私は彼女よりも劣っている事を自覚している。

でもだからと言って、龍紋を安易に発動すれば彼女を殺してしまう可能性がある。

勝敗よりも、龍紋を使用して彼女を殺してしまうのは避けたい。


 「……アンジェの独壇場?」

 「……?」


 でも使わなければ、体術だけでは彼女に勝つ事は出来ない。

それは最初から分かり切っている事で、私はもう手段を選んでいるつもりは無い。


 「もし独壇場だと思ってるなら、それはアンジェの判断ミスだよ。私はまだ、本気で戦ってない!」

 「っ!?」


 私は地面を思い切り踏んで、龍紋の発動を促す。

同時にポケットにある端末が震えているのが伝わり、これは周囲の仲間にも伝わるだろう。


 「……教えてあげる。私が、九条咲が序列一位になっている理由を……」

 「お嬢様?」

 「簡単な理由なんだよ、アンジェ。それはね……」


 私は手を中空へ伸ばして、何も無いのに弓矢を放つ行動を取る。

そしてそのまま彼女を捉え、あとはもうこの弓を放つだけで良い。

簡単な理由で、簡単なパズルである。


 「私がこの施設内で、最強だからだよ。アンジェ――……」

 「なっ!?」


 何も無い所から、何かに貫かれたように彼女の体は後方へと飛んだのであった――。

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