第百七十話「龍紋保持者―ドラグニカ―Ⅳ」
煙に包まれた彼らを見据えながら、耳に付けた無線に手を当てる。
「フライングしないでくれません?計画のステップが一つ飛んだんですけど?」
ブツッと無線が繋がった音が耳に響き、通信相手がやれやれと言わんばかりに口を開いた。
『これは先手を取っただけです。お嬢様を本気にさせるには、こうするのが一番早いので』
「だからといって、手筈通りじゃないのはどうかと思うんですけど!?」
『いきなり大きな声を出さないで下さい。手元が狂って撃ち抜いたらどうするんですか?』
「いや、味方殺しは勘弁して下さい」
『今なら貴方の頭に合わせてますので、十分に狙えますがどうしますか?』
「いや、何を狙ってるんですか!狙う相手が違うでしょうがっ!――おっとっ」
通信中とはいえ、気の抜いていた訳では無い。
むしろ、相手が相手なので油断をするつもりも無い。
こちらの手数は足りてるといっても、相手は序列一位の存在なんだ。
伊達に九条家の看板は背負って無いという事で、厄介な相手だと思うよ本当に……。
「さて、お話の途中にすみませんが……速攻で終わらせます」
「っ!(飛び道具の弓で、超至近距離で放つ気か!)」
「まずは一発、吹き飛んでもらいます!」
超至近距離で弓を放とうとする彼女は、躊躇いすら感じられない殺気を放っていた。
龍紋保持者の頂点という事だけあって、肝が据わっているらしい。だが……。
「なっ……(外した?!)」
「(まだまだ考えが甘いですよ、会長さんっ!)」
「ぐっ……!(違う。避けられたんだ。この人、なかなか出来る。あの至近距離で避けるなんて)」
回避行動を取った所為で、短剣ではなく足で反撃をしてしまった。
それによって深くダメージは入らず、ただ相手を元の位置へと戻しただけに過ぎない。
これではこれを見てる彼女にも笑われてしまうが、さて……どうしたものか。
「咲ちゃん……零くん、なんとかならない?」
「俺に振らないでくれるか?今はちょっと、動ける気がしないんでね」
「……?」
どうやらあの様子じゃ、霧原は察してやがる。
なかなか勘の良い奴だとは思ってたが、まさか彼女の気配を感じているのか。
……だとすれば、そろそろ遠距離での援護は止めさせた方が良いか。
それとも警戒させたまま、あえて俺だけで序列一位を相手にするか。どっちにするかな。
「必殺必中……狙うは標的のみ」
「!?」
彼女の呟きが聞こえたと思えば、その彼女は弓矢をこちらへ向けていた。
そして圧迫されるような空気を感じた瞬間、これは不味いと本能が悟っている。
回避行動を取らなければいけない。そう、俺の体は言っていた。
「――敵を穿てっ!」
パッと引いていた弓を離すと、ヒュンと風を切る音が近付いて来た。
そのまま勢いが死なないまま、徐々に俺の元へと距離を詰めてくる弓矢。
「っ!!(あ、やべ!!これは不味いっ!)」
そう思った瞬間だった。
回避行動が遅れて死を覚悟した時、俺の耳元でもう一つの音が聞こえた。
それは一直線に弓矢を真っ二つに切断し、地面へとめり込んで行ったのだった――。
『余所見は厳禁ですよ、海斗さん』
「……どう、して?」
「あはは。……助かりましたよ、アンジェさん」




