第百六十話「雷龍を纏いしドラグニカⅣ」
「……少し良いかしら?霧原零さん」
「…………」
桐華と話している最中に肩を叩かれ、誰かと思って振り向けば亜理紗の母だった。
俺に何の用かとも思いつつも、桐華にアイコンタクトで『行って来る』と伝えて離れた。
ドラグニカにテレパシー能力がある者など知らないが、彼女はそれを頷いて亜理紗の元へ歩を進めた。
「随分と信頼してるのですね、彼女の事を」
「?……」
少し彼女たちから離れた場所で、ようやく亜理紗の母である彼女がこちらを振り返る。
周囲には茂みや木々があり、耳を澄ませても会話の内容を聞くには至難の業だろうという場所だ。
そんな場所で、俺に彼女は何の用だというのだろうか。
「桐華の事ですか?あれは物分りがただ良いってだけですよ。むしろ怖いぐらいです。読心術の心得でもあるのかと疑いたい所ですよ」
「そうなのですか。でも彼女とは一つ下の後輩であり、私の娘である亜理紗とは同級生……」
「……(ん?)」
そんな言葉を聞いた途端、俺の頭の中で違和感を発生させた。
違和感の正体はこうである。『俺はいつ、彼女に名を告げた?』という事だ。
何も言っていないし、何も教えていない。それなのに、スラスラと個人情報が口から出てくる。
これはあれか?情報漏洩というヤツでは無いだろうか……。
「あの施設では、下にも後輩でありながら生徒会長の彼女もいらっしゃいますね。さて、選り取り見取りな霧原零さんは、果たして誰をお選びになるのですか?」
「は?」
「ですから誰と恋仲になるのだろうか?という事を質問してるのですよ。私は」
「…………まさかとは思いますが、俺の用事ってそれですか?」
「はい♪個人的には、我が娘を選んでいただけると嬉しいのですけれど……どうでしょう?」
どうでしょう?などと聞かれても、本人が聞き耳を立てていた場合が困る。
だが情報漏洩は一部だけの事だけらしい。その証拠に『入江未央』という人物が出ていない。
最新の情報が無いという事は、彼女の父がインプットしていなかったという事になるのだろうか。
「……誰とも恋仲になるつもりはありませんよ」
「それは、どうしてか。聞いても?」
「別に話す事でも無い話なんですけどね。俺には一応、『妹』が居たんですよ」
「……」
「言葉に誤解を生むかもしれないが、『居る』ではなく『居た』が本当に正しい。龍災に巻き込まれた結果、俺はあいつを見失ってしまったんだ。そして見つけたと思ったら、あいつが黒い龍に喰われる瞬間に遭遇したんだよ……不幸な死を招いたのは、傍に居なかった俺のミスだ。そんなミスをしておいて、『誰かと付き合って幸せになる?』だ。そんな事は俺自身が却下だ」
「――なるほど。これは失礼な事を私は聞いたのですね」
「……っ」
そう言いながら彼女は、俺の目の前で姿勢を正してから頭を下げた。
それは『失礼』と自己理解をして、自己判断で答えを導いた結果なのだろう。
だが俺は、彼女に謝罪をされる必要すら無いと思っている。
「頭を上げて下さい。別にあんたが悪い訳じゃないし、それにあいつらは……亜理紗たちは『大事な仲間』ってだけです。一度もあいつらに言った事無いんですから、秘密にしてくれると有り難い。です……」
「ふふ。あら、先程までの印象とは、随分と違う反応ですわね。自分の思っている事を素直に表へ出すのは苦手かしら?」
「それで?本当にこれが、俺への用事だったんですか?」
「……まぁ良いでしょう。本題へと入らせて頂きますわ、龍殺しの王よ」
建前が終了したと思った途端、久しく聞いていなかった言葉を耳にした。
その瞬間に俺は、無意識に彼女へと剣先を差し向けて一言だけ言うのであった――。
「それは……誰から聞いた言葉だ?」




