第百十二話「藤堂家のお嬢様Ⅶ」
「ちょっと零くん、どこまで行くの?」
「万が一に備えて、網を張っておきたいだけだ。耳の良いお前なら、聞こえてると思ったんだがな。聞こえないか?」
そう言いながら零は、海岸へ出た途端に海の方へと指を差した。
「私が耳が良いって、それドコ情報よ。私、別に地獄耳とかじゃないんだけど……ん?」
「…………」
そう言い掛けた瞬間、微かに吹いた風が未央の頬を撫でた。
その風の音によって、未央はある違和感を覚えて目を瞑った。
そして、さらに耳を澄ませるように集中し始めたのである。
「……何か感じたか?」
「しっ、黙ってて…………」
「へいへい」
何かを読み取るようにしているのか、かなり集中している様子だ。
やがて閉じていた目を開けて、未央は零が指を差した方向へと指を差す。
「――ここからちょうど真っ直ぐの位置。そこだけ空気の音が違った。何か壁みたいなのに風が当たって、分岐してる感じだった」
「ここから真っ直ぐか。よし、んじゃやるか。――」
「ちょっと待ってちょっと待って!!何をしようとしてるのよ!」
「何ってお前、この剣でぶった斬るんだけど……駄目か?」
「駄目か?って君、自分が何をしようとしてるか分かってるの?乗客だっているでしょ!」
未央が聞いた風の音の先には船があり、それが壁となって風を遮っていた。
その事に気が付いた未央は、零に報告したのだが……まだ彼の目的が分かっていない。
そんな状態で剣を出されれば、思わず止めてしまうのが普通だろう。だがしかし……。
「それがどうかしたか?俺は別に恨みは無いが、あの船には乗ってる奴が駄目だ」
「どうしてよ!」
「あの船には、龍紋保持者が乗ってるんだよ。お前は感じないかもしれないが、さっきから龍紋が反応してんだよ。そして声もうるせぇんだから、その原因を壊したいっていうのは普通だろ」
「待ってってば!それは分かったけど、龍紋保持者だけを狙う事は出来ないの?他の乗客は関係無いじゃん!それを君は巻き込むの?零くん、君はそんな酷い事はしないよね?」
「…………くっ」
未央に腕を掴まれた状態のまま、数秒間の目だけでの会話。
その数秒間で零は、出現させた剣を溜息を吐きながら小さい声で呟いた。
「――どうなっても知らないからな。あれを逃すって事は、後々に響くと思うぞ」
「無意味に人を傷付けちゃ駄目だよ。私を助けてくれた君は、優しい人のはずだもん」
「勝手な期待をされても困るんだがな……はぁ」
そう言いながら、零は九条館へと向かうように踵を返した。
その後ろから着いて行くようにして、未央は笑みを浮かべて横に並ぶよう駆け出す。
横に並んだ様子を眺めながら、零は自分の手の平を眺めながら歩いていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。戻るぞ」
「はいはい。(私を呼んだのって、止める人が欲しかったとか?……まさかね)」
そう思いながら未央は、また開いた零との距離を詰めるように歩く。
その頃一方では、零と未央が気付いた船の中では騒動が起きていた。
龍紋を発動して船上で暴れた人物……その者が、零たちが居た場所を眺めていたのだった――。
『……あ、やっと見つけた。待っててね、レイ♪』




