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マネーデイの週一短編

恋愛探偵はカミサマにお祈りをする

作者: ゆまち春

三題噺『山』『氷山』『残念な廃人』


登場人物

ゆめ(女子高生)

真白(女子高生)(友情出演)

「神社の参拝は二礼二拍手一礼。それをした後に、神様へのお願い事をするの」


 五蔵(ごくら)高校から徒歩十分。駅へと向かう道を遠回りして、女子高生のゆめ(・・)真白(ましろ)は学校帰りに雀宮(すずみや)神社に寄り道していた。


「もし(わら)で編まれた大きな縄じめの輪っかが境内(けいだい)にあったら、一礼して輪っかをくぐって左回り。もとの場所に戻ってまた一礼で右回り。最後に一礼するの」


 ゆめはどこで知った知識なのか、参拝の礼儀を真白に教えていた。

 真白は青チェックのマフラー越しに溜息をついた。


「境内もなにも、こんな小さな神社にそんなものあるわけないでしょう」

「そうなんだよねえ。小さいことは悪いことじゃないんだけどねえ」


 ゆめはしみじみと頷きながら神社を見渡した。


 住宅街の隙間(すきま)に作られた階段をいくつも昇ると、林に囲まれて小さなほこらがある。足場となっているまばらな石に負けず(おと)らず小さな神社だ。


「どんな神社も神様を(まる)ってるのに、こう格差があるのはどうにも悲しいね。人望が給料に出るサラリーマンみたい」

「年末になんてこというの、ゆめ。気持ちよく年を越せなくなるようなことを言わないの」


 雪が降れば崩れてしまいそうな木造のほこらの前で、ゆめはてへと舌を出す。

 神前(しんぜん)なのに、と真白は胸中(きょうちゅう)で思ったが、注意はしなかった。そこまで信心深くもなかった。


 ほこらにはお賽銭を入れる箱がなかった。

 自治体運営だとしても、お賽銭くらいないとやっていけないだろうに。それとも、空っぽの賽銭箱を置いておくのも忍びなかったのだろうか。


 真白は悩んだ末に、狐の像の前に五円玉を置いた。


「真白、そんなところに置いてたら盗まれちゃうよ」

「盗まれたら仕方ないわね。お金は天下の回りものだから、善良な人が拾ってくれると信じましょう」

「…まあ、地元の自治体の人が回収してくれるだろうしいっか。わたしも置いとこ」


 そう言って、ゆめも五円玉を重ねて置いた。


 二人が神社にやってきたのは、年始年末だからじゃない。

 いや、たしかに年末に違いはないのだが、今日は彼女たちの年代にとって重大なイベントの日だった。


 二人は神様の呼び(りん)代わりに大きな柏手を打って、同じお願い事をした。


 真白は胸中で。ゆめは口に出して。


「彼氏ができますように!」



 本日は十二月二十五日。

 世に言うクリスマスだった。

 ……クリスマスに神社に行くなんて、とお思いの方もいるだろうが、目を(つむ)って欲しい。

 女子高生にとっての神様は運頼みの具現化、ということでひとつ。


 雀宮神社は恋愛成就(じょうじゅ)で有名だと、階段下の看板にも書いてあった。文字が()げてて、成就の二文字しか読み取れなかったけど、二人はそういうことにした。



 今年のクリスマスこそ彼氏と過ごそうと決めていた、万年男っ気のない女子高生二人組。

 共学なのに二人に言い寄る男子はおらず、二人も二人で行動を起こすほど躍起(やっき)になっていない。

 できたらいいなあんな子とかいいな、のお願いごとだった。


「これで彼氏ができるかな?」

「まあ、クリスマスにお願い事してすぐには聞き届けてはくれないでしょう」

「どうして? 神様もお役所仕事なの? 28日締めで年末は家でだらだらしてるの?」

「願いを叶えるには準備が必要でしょう。サンタさんだって氷山(・・)から一瞬で日本に飛んでくるわけじゃないし」


 ゆめは真剣なまなざしの真白を見返した。

 あ、これは信じてる目だ。


「……わたしたち、女子高生だよね?」

「? そうよ。女子高生に決まってるじゃない。制服も着てるし」


 真白はゆめのスカートをちょんちょんと引っ張った。


「やん、えっち」


 ゆめはサンタについて深く追及しないことにした。


「なに言ってんのよ。まあ、彼氏は神様にお願いしましょう。気長に待っていれば、良縁は向こうからやってくるわよ」


 真白の待ちの姿勢に、ゆめは待ったをかけた。


「そう言って、百歳になるまでいい人が見つからなかったらどうするの? 死んだ後にお(きょう)を唱えるお坊さんが運命の人だったとしても、真白は生き返れないんだよ」


 真白は反論したかったが、ゆめの言葉があながい間違いでもなかったから少し考えた。

 考えた末に、真白はひらめいた。


「そうね。たしかに待ってばかりじゃいられないわ。それじゃあ、ヤマ(・・)を張りましょう」

「ヤマ? テストの出題範囲から勉強範囲を(しぼ)るときのヤマ?」

「そのヤマよ」

「競馬をするおじさんたちが確実に外すあのヤマ?」

「そのヤマよ」

「わたしたちが死体を埋めた桜の木があるあの――」

「どんなヤマよ。というか何回やる気よ」


 真白は「いい?」と人差し指を立てた。もはや神前などなんのそのだ。


「ヤマを張るっていうのは、ようは推理することよ。わたしが好きになりそうな人が、いそうな場所を推理するってことよ」

「なるほど。真白は恋愛探偵だね」


 なるほどとゆめは言ったが、恋愛探偵がどういう職業で自営業なのか会社員なのかゆめにはわからなかった。

 ただ、恋愛探偵という響きを真白は気に入ったらしく、少し口角を上げた。


「それで恋愛探偵さん。具体的にどうやってヤマを張るの?」


 腰に手を当てて(せき)ばらいをする真白。

 階段をかけ昇った風がスカートを揺らした。 


「まずは、ゆめの好きな人の条件を聞こうかしら」

「あ、真白の彼氏候補を探すんじゃないんだ」

「探偵は依頼を受けて動くものだから」


 キメポーズを取った真白。足場の石が小さすぎて、すこしよろめいた。

 恥ずかしさをごまかすように、またもや咳払い。


「うーん、そうだなあ。好きな人の条件かあ。しいて挙げるなら、一緒にネットを見れる人かな」

「インターネットを見れる人?」

「なんで言い直したの。恋愛探偵はおばあちゃんの知恵袋なの? ……ネットを一緒に見て、一緒に笑える人がいいかな」


 それ、いつも私としてることじゃない……。と真白はゆめのハードルの低さを(なげ)いた。


「一日中、SNSに張り付いてる人がいい」

廃人(はいじん)じゃない」

「それで面白い投稿があったら、反応をまとめてすぐにわたしに教えてくれる人がいい」

「彼氏なのにまとめサイトと同じ期待をされるなんて、残念な廃人(・・・・・)ね。同情するわ」


 ゆめは真白の言い草に頬を膨らませた。


「むー。真白が聞いてきたんじゃん!」

「ごめんごめん、ついね。じゃあゆめの好きな人の条件がわかったわ。その条件だと、ネットをやってる人で、かつSNSをやってる人ね。大分(だいぶ)しぼり込めたわ!」

(しぼ)れた……?」


 恋愛探偵は機械に弱くてぽんこつさんだった。


「SNSをやってる男子で、かつ一日中張り付いている人ならそうね……。企業の公式アカウントを運営している人とかどうかしら」

「おお、でも意外に絞り込んだ」

「意外ってなによ、失礼ね。でね、運営してる人にアプローチをかければいいのだわ」


 ゆめはなるほどなーと相槌(あいづち)を打った。

 真白は「あ、こいつ実践しないな」と即理解した。


 まあ当然だ。公式のアカウントに「好きです!」と伝えて中の人と付き合えるわけがない。わたしが中の人だったらいきなり告白されて怖いし。


「まあまあ参考になったよ」

「そりゃどうも」


 ゆめと真白はそれぞれ適当な相槌を売って、五円玉をもう一枚ずつ置いた。

 追加の五円玉は、二人が恋愛探偵を信じてない証左(しょうさ)だった。


 御祈りを終えてから、それでも役に入り切っていた真白は恋愛探偵屈指(くっし)の決め台詞(ぜりふ)を放った。


「もし良縁が見つからなかったらまた来なさい。恋愛探偵はいつでもここにいるから」


 真白は髪を流してどや顔をした。


「ま、見つかるでしょうけどね」


 ゆめは頬を膨らませて笑いを堪えたが、耐えきれずにぷぷっと笑った。


「あっはっは。何その決め台詞、絶対に流行らないよ」


 (どう)に入っていた真白は、なりきっていた分だけ恥ずかしくって、顔を赤く染めた。


 いつもの台詞が来るなとゆめは動物の勘をはたらかせて、短いスカートをはためかせながら階段を降りた。

 ゆめの後ろから、石畳の上を走って追いかける真白の声が聞こえる。


「ゆーめー!」


あとがきその1

 恒例の初手謝罪。

 朝の五分コメディとか言いながらお昼に投稿してごめんなさい。言い訳はみっともないですが大真面目に卒論がですね……。

 年末だしなかったことにしようか、とは一ミリも思わなかったので誠意ある投稿だと思ってどうか寛大に……!


 ほ、ほら。通勤通学で疲れてる人のための五分コメディだけれど、29日は皆仕事ないからお昼に投稿したってね!(地雷を踏んでいく)


あとがきその2

 作中の大きな輪っかは「茅の輪(ちのわ」です。

 なんで年末なのに茅の輪の話なんかしてんだよ、という理由なのですが、数日前に赤坂の日枝神社まで足を運んだら置いてあったからというだけです。

 夏が有名ですが、冬にも置いてある物なのですね。茅の輪のある神社に赴いたことがなくって、先日まで知りませんでした。

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